偽恋人からはじまる本気恋愛！～甘美な罠に溺れて～

「偶然よ、偶然。都合がついたから代わってもらったの、だって今夜は樹の“大事なお客様”が来るんでしょ？　私のピアノでもてなしてあげなきゃ」

「おい、どうしてそんなことを知っているんだ？　まさか、俺が今夜の演奏を田中さんに依頼してたときの話を聞いてたのか？」

水城さんは腕を組んで呆れたように鼻を鳴らす。

「そうやって勝手にシフトを変更されると困るんだよ、ほかの演奏者からも文句がきているの知ってるだろう？　君には来月の……まぁ、この話はいい」

ふたりのやりとりにきょとんとしている私に気がついて、我に返った水城さんがふるふると首を振った。

「それじゃあ、失礼するわね。楽しい時間を」

梨花さんは優雅に手を振ってその場を後にした。

「すまない、みっともないところを見せてしまったな」

水城さんはバツが悪そうに人差し指で頬を掻いて、ハァと小さくため息をついた。