「若いときは寡黙な性質(タチ)でね。妻がいたんだが、会話もない日々で。それに嫌気が差したのか、妻が浮気をしてね。倭和では不貞は犯罪だ」
「確か、死罪になるとか」
「え!?」

 死んじゃうの?
 不倫しただけで!

「そう。恋人同士なら問題はなかったんだが……それを警察に知られてね。妻を助けるために離婚届を偽装して、不貞を働く前に、別れてたことにしたんだよ」

 ほわ~……お爺さん男前。

「でも、結局それが露見してしまってね。妻は死罪になり、私は国外へ離郷となったんだ。二度と、故郷の地を踏むことは許されないよ」

 お爺さんは、苦笑しながら頭を掻いた。この人は、一体何年、何十年帰れずにいるんだろう。
 ……もしかしたら、私も。

『帰れない?』

 胸に突き刺さる言葉が、頭の中を過ぎった。
 でも、私は泣きそうになる気持ちに蓋をする。そんなこと、今考えたって。どうにもならないんだから。

「もしかしたら、わしがきちんと言葉にしていれば、妻は犯罪に走ることはなかったんじゃないかと、思うときがあってね。わし達も似たもの夫婦で、不満を口にするということがなかったから。だからね、つい君達のケンカに口を挟むような真似をしてしまって」

 悪かったね――と、お爺さんは軽く頭を下げた。

「そんな、お爺さんのおかげで仲直り出来たんですよ。謝られることなんてありません。ありがとうございます」

 お爺さんがいなかったら、私達きっと、こんな風に仲直りできなかったと思う。風間さんは大人だから、謝ってくれるだろうし、私もケンカしっぱなしは嫌だから謝るだろうけど、多分それじゃ表面上だけ修復されるだけだったと思う。
 私は丁寧に頭を下げた。

「それにしても、倭和の法律って厳しいんですね」
「そうじゃなぁ……多分、一番厳しいかも知れんな」
「でしょうね」

 風間さんは同意して、気持ち悪さを紛らわすためか、大きく息を吐いた。

「倭和は、人口こそ少ないですが、色んな部族、民族がいる国です」
「うむ。他の国に比べて格段に多いな。次に多いのが、美章じゃろうが、多分比べもんにならんじゃろ」
「そうでしょうね」
「へえ……」
「そのためか、倭和の法律は細分化され、それに伴い厳しいものになっていると聞いたことがあります」
「その通りじゃ。お兄さん詳しいな」
「まあ、聞きかじりです」

 お爺さんは感心したように身を乗り出し、風間さんは微苦笑した。ってことは、倭和の人は、皆が皆 あの襲ってきたモンゴルっぽい民族衣装の人達みたいってわけではないんだ。

「お爺さんは、魔王の伝説についてどう思います?」
「なんじゃ、唐突じゃな」
「あはは」

 驚いたお爺さん以上に、風間さんが驚いたみたい。顔は笑んだままだったけど、風間さんは私の腕を思わず握った。それでわかった。
 そして私は、どちらに向けるともわからない苦笑を浮かべる。