「このまま功歩(やつら)相手に負けてもらっちゃ困るんだよね。ぼく、あいつら殲滅させるって決めてるからさ」
謳うような調子で出された声音に、男はぞくりと体を振るわせた。
声音とは正反対に、少年の目が憎しみに燃えていたからだ。
そこに、怒鳴り声が響いた。
「お前のような小僧に総指揮なんてさせてたまるか!」
やっと、やっとこの時がきたのだ! 一万もの兵が動かせる時が! 赤井はそう叫び出したい衝動に駆られたが、ぐっと堪えた。
赤井の怒声で、我を取り戻した指揮官達が、わあわあと喚きだす。
そこへ、静かで、威厳のある声が振ってきた。
「許可しよう」
そう言いながら天幕に入ってきたのは、東條だった。
一同が仰天して目を見開く中、ろくと東條は静かに見詰め合った。
「なにを馬鹿な!」
「ちょっと、この少年と二人きりにしてくれるかな?」
絶句から立ち直った赤井が何か言い出す前に、東條は言葉を遮った。
一同は、渋々と言った面持ちで天幕を後にした。
「どうしたの?」
「おや? 挨拶はないのかな。放蕩息子よ」
「……そんなのどうでもいいだろ。何かあったの?」
ろくは、息子と呼ばれた事がとても嬉しかったが、わざとつっけんどんに返した。
「うん……ちょっとな――ゲホゴホ!」
「……大丈夫?」
「大丈……ゴホ!」
東條は咳き込むと、突然力をなくしたように膝をついた。
ろくが駆け寄ると同時に、赤い血の塊を吐き出した。
「……これって」
絶句するろくに、東條は微笑んだ。
「なに、大した事はないよ」
「大した事ないわけないだろ!」
ろくの叫びを聞きつけて、スキンヘッドの男が天幕へ駆けつけた。
ろくは一瞬睨むような目を向ける。
「大丈夫ですか?」
駆け寄った男の腕を東條は掴んだ。
「良いかい? 私がこの者が総指揮をとる事を許可する。万が一の時は、私が責任をとる皆をそう説得してくれるね――翼?」
翼と呼ばれたスキンヘッドの男は、戸惑った。
こんな子供に総指揮を任せるなど、正気の沙汰ではない。だが、東條からは必死な様子が窺えた。
翼は二人を見やった。
この二人、何か関わりがあるのだろうか? そう思いつつ、翼は静かに頷いた。
「伯父上の頼みであるのなら、仕方がないっすね。翼が承りましたよ」
「ありがとう。さすがは、私の甥だ」
「……アンタ、東條の甥なの?」
ぽかんとするろくに、翼は頷いて笑いかけた。
そうか、親戚いたのか……そりゃそうだ。と、ろくは心の中で独りごちた。
東條はろくに家族や友人などの話をしなかった。なので、ろくはその辺の事情は何も知らなかった。しかし、自分の親のような気持ちを持っていただけに、嫉妬心が生まれたのもまた事実であった。
ろくは睨むように翼を一瞥した。
翼は不審がって首を傾げる。
そんな二人をなんとなしに微笑ましく見ていた東條に、更なる異変が生じた。



