私の中におっさん(魔王)がいる。~黒田の章~


 * * *

 撤退命令が出たのは、それから数時間後であった。
 美章軍は功歩軍に押され、本陣を下げざるをえなかった。

 およそ一キロ離れていた森まで下がった美章軍は、功歩軍を前に、森に背を挟まれた形となり、功歩軍と数時間もの間睨み合った。

 その後、日が沈み二日目が終わる。
 夜襲に備えて、喰鳥竜部隊百名が功歩軍の夜営を見張っていた。

 功歩軍戦死者・百三十名近くに対して、美章軍戦死者・八百名近くに及んだ。そのうちの五百名近くは、歩兵隊であった。

「さて、どうしたものか……」

 森の手前に鎮座した天幕の中で、赤井セイは顎に手を当ててため息をついた。
 天幕の中には、十人の男達がいた。

 その中の一人、スキンヘッドの男は(どうしたものかじゃねーよ、このへっぽこ!)と、心の中で赤井をなじった。

 皆同じ気持ちがあったのだろう。
 眉を顰めて赤井を見ていた。

「待ちなさい! おい、お前!」

 慌しい声が天幕の外から響き、勢い良く入り口が開かれた。
 そこには、頬当をしてローブを目深に被った小男がいた。小男は、苛立ちを隠しもせず、

「あの戦いはどういう事? 東條が総指揮をとってたんじゃないだろ!?」
 その声色から、小男が少年である事を皆は悟った。
「なんだコイツは……つまみ出せ!」

 後から少年を追って入ってきた兵士に赤井はそう怒鳴って、兵士は慌てて少年――ろくの腕を捕った。
 ろくはその手を振り解いて、声高に叫んだ。

「東條はどこだ!」
「お前になど教えられるわけがないだろうが!」

 赤井は恫喝して、ろくを追い出そうと肩に手をかけた。
 その手をろくはいとも簡単に、ひねりあげた。

「――うっ!」

 赤井は小さく悲鳴を上げて、苦痛に顔を歪ます。
 周りが慌てる中、スキンヘッドの男だけは何やら楽しげにその光景を見ていた。