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撤退命令が出たのは、それから数時間後であった。
美章軍は功歩軍に押され、本陣を下げざるをえなかった。
およそ一キロ離れていた森まで下がった美章軍は、功歩軍を前に、森に背を挟まれた形となり、功歩軍と数時間もの間睨み合った。
その後、日が沈み二日目が終わる。
夜襲に備えて、喰鳥竜部隊百名が功歩軍の夜営を見張っていた。
功歩軍戦死者・百三十名近くに対して、美章軍戦死者・八百名近くに及んだ。そのうちの五百名近くは、歩兵隊であった。
「さて、どうしたものか……」
森の手前に鎮座した天幕の中で、赤井セイは顎に手を当ててため息をついた。
天幕の中には、十人の男達がいた。
その中の一人、スキンヘッドの男は(どうしたものかじゃねーよ、このへっぽこ!)と、心の中で赤井をなじった。
皆同じ気持ちがあったのだろう。
眉を顰めて赤井を見ていた。
「待ちなさい! おい、お前!」
慌しい声が天幕の外から響き、勢い良く入り口が開かれた。
そこには、頬当をしてローブを目深に被った小男がいた。小男は、苛立ちを隠しもせず、
「あの戦いはどういう事? 東條が総指揮をとってたんじゃないだろ!?」
その声色から、小男が少年である事を皆は悟った。
「なんだコイツは……つまみ出せ!」
後から少年を追って入ってきた兵士に赤井はそう怒鳴って、兵士は慌てて少年――ろくの腕を捕った。
ろくはその手を振り解いて、声高に叫んだ。
「東條はどこだ!」
「お前になど教えられるわけがないだろうが!」
赤井は恫喝して、ろくを追い出そうと肩に手をかけた。
その手をろくはいとも簡単に、ひねりあげた。
「――うっ!」
赤井は小さく悲鳴を上げて、苦痛に顔を歪ます。
周りが慌てる中、スキンヘッドの男だけは何やら楽しげにその光景を見ていた。



