* * *
美章兵は混乱した。
何故、こんな事になっているのか理解できていなかった。
空軍が最初に攻撃を仕掛けるはずが、歩兵隊が前へと押し出された。
陸軍のいない戦場の中で、歩兵隊はあまりに脆い。
周りは敵国、功歩のドラゴンに溢れている。
むろん功歩の歩兵隊は、遠距離攻撃隊だけが出陣し、後は待機であった。
完全に騎乗軍対歩兵の図である。
歩兵は能力で応戦するものの、味方のドラゴンがいないために、次ぎ次ぎと殺されていく。
ある者はドラゴンに噛み千切られ、ドラゴンに踏まれ、ある者は騎乗した兵士に切り伏せられる。
また、ある者は能力によって残滅させられた。
そこに追い討ちをかけるように、功歩軍の空軍が空から矢を射掛けてきた。
好機と見た青蹴が、一気に歩兵隊を葬りに出たのだ。
「ギャ!」
ろくの数メートル先にいた美章兵の胸に、槍が突き刺さった。
はっと空を見上げると、後方にて距離をとり攻撃を加えていた美章兵の能力者達に向って、功歩軍の空軍が、槍を高く掲げていた。
「ヤバッ!」
ろくは、咄嗟に前方へ走った。
戦場の密集地帯へダイブする。
それと同時に先程までいた位置に、空から槍の雨が降った。
美章兵の悲鳴が届く。
ろくが踏まれないように体を起こすと、そこにろくをなぎ払うように剣撃が飛ぶ。ろくは咄嗟にしゃがみこんだ。
頭上を剣光が走ると同時に、彼は倒れた美章兵の亡骸を目にした。その美章兵が流し出した血液を鞭のように撓らせ、相手の胸を貫いた。
戦場の中心は、思ったよりも混戦している。
この中にいる限り、空軍からの攻撃は矢のみとなるが、混戦状態では、能力を十分に発揮出来るとは言えない。
(クソッ! どうなってんだよ!?)
焦るろくの耳は、嫌な音を捉えた。
地滑りのような、重苦しい音。後方から、大群がひしめいて大挙して押し寄せる音だ。
「マズイ!」
ろくは小さく叫びながら、混戦する中を、
「退避しろ!」
と叫びながら、敵を押しのけて中心へと進んだ。その途端、後方から凄まじい衝撃が伝わる。
人並みに押されて、ろくは転びそうになったが踏ん張り、目の前にいた功歩兵の首をナイフでえぐった。
そして振り返る。
すると、そこには美章軍の陸軍の姿があった。
陸軍は混戦地帯に突っ込むしかなく、その影響で美章、功歩、両軍共に美章のドラゴンに吹き飛ばされた。
被害が大きかったのは、当然戦場の端にいた歩兵隊である美章の兵だ。
ある者は味方のドラゴンに押しつぶされ、ある者は押し出されて、敵に切り伏せられた。
また、ある者は能力で防いだため、反対に味方である突っ込んできた陸軍に傷を負わせた。
吹き飛ばされた功歩兵は、ドラゴンの体制を建て直し、美章陸軍と剣を交える。
今頃遅れて出て来た美章の空軍が、功歩軍の空軍と空中で戦い始めた。
ここにいる限り、空からの攻撃と、落下してくるドラゴンと人に注意しなければならない。
ろくは、激しく歯軋りをした。
(空軍同士がぶつかる時は、陸の戦地帯から離れた場所ってのが基本だろーが!)
空軍同士で戦う場合は本来、そうするものである。
でなければ、攻撃のしようがないからだ。
むろん、空軍同士の殺し合いなら出来るが、地上の敵兵を撃つ事は出来ない。
味方がいる中で、空軍同士がぶつかり合いながら、敵だけを穿つのは至難の業だし、上空で戦えば落下した時に敵に討たれたり、味方に当たりかねない。
なので、戦地の上空で戦う意味がない。
空軍は空から敵の本拠地を狙うというのが、一般的な戦術である。
戦場を迂回し、敵軍とぶつかりながら、敵の本拠地を叩く。
本来この戦いにおいて、美章の空軍が先に出るはずだったのは、そこにある。まだ地上戦でぶつかり合っていない場合、直線距離で本拠地を叩けるからだ。
むろんそうなれば、青蹴は空軍を出し、しばらく空軍同士の戦いとなったであろうが……それが、このような荒唐無稽な陣になるとは……。
(なんで、退却命令を出さないわけ!?)
ろくには、これが東條の指揮であるとはとても思えなかった。
この基本を教えてくれたのは他ならぬ東條自身だ。
しかも、このような事態になってしまったからには、空軍が参戦した時点で、素早く陸軍、歩兵、両部隊に撤退命令を出し、空軍同士がぶつかる前に、両部隊の撤退を支援させるべきだったのだ。
ろくは、憎々しげに空を見上げた。
上空では騎乗翼竜が激しく舞い、剣戟の音を響かせている。
号令を出したのは、赤井だった。
だが、初日以外の号令を将の直属の部下やその下の位の者が行うのは珍しい事ではない。
(――まさか、東條の身に何かあったのか?)
そこに、黒い影が悲鳴を上げながら落下してくる。
「チッ!」
ろくは舌打ちをして、上空から降ってきた美章兵を避けた。
美章兵はグシャリと音を立てて、血を撒き散らし、地に伏した。
そして、転がる屍から血を拝借する。
「アア!」
咆哮を上げながら、血を撓らせ、美章兵の間を縫うようにして、五メートル以内にいる敵の肉体を穿った。
「くそっ、やりづらい……!」
苛立ちさに震える。
――事態は混戦を極めた。



