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三十分くらいして、私達は四足竜というドラゴンに乗り込んだ。
四足竜はワニとトカゲのようなドラゴンで、全長三メートルと大きい。当たり前だけど図書館で見た図鑑より、本物の方が迫力がある。
兵士たちは騎乗翼竜で向うらしい。
騎乗翼竜の方が早く着くけど、私達は調理のための道具やら野菜やらがあるため四足竜に乗って向う。
五時間くらいかかって、野営地に着いた。
野営地にはすでに先についていた兵士達によって天幕が張られていた。
大きな天幕が、幾つも渦を巻くような陣形ではられ、その中心に、他とは少し違う天幕があった。
天幕の先に丸い飾りがついている。
不思議がっていると、隣の男性が(あのクロちゃんのファンの男性だ)あそこには、その軍の指揮官がいるんだと教えてくれた。
つまりはあそこに、クロちゃんがいるんだ。
ちなみに、先の丸い飾りはその指揮官のエンブレムが彫られているらしい。
三関ならばキメラの。将軍ならば、国竜である華炎竜が。
ふと、王様だったら何が彫られているんだろうと思って訊いてみたら、王家は代々のエンブレムがあって、それが彫られているんだとか。
なんでも、伝説と謂われる生物で、なんという呼び名なのかは、伝わってないので分からないらしい。
どうやら様相を聞いてみると、象に似ていたけど、まさか、象が伝説なわけないよねと、思いつつ、クロちゃんが前に言ったことを思い出した。
『獅子ってのは伝説上の生き物だね。何千年だか昔に居たとされる生き物だよ』
……あながち、なくはないのかも知れない。
それからは大忙しだった。
なにせ、二百人分作らなきゃいけないんだから。
シュシュルフランに一日にどれくらいのお客さんが来るのかは分からないけど、平煉さんは一人でよく作れるもんだと感心してしまった。
やっぱり、プロは違う。
やっと一息つけた頃には、すっかり日が暮れてしまっていた。
「はい。どうぞ」
疲れきってしゃがみこむ私の前に、お皿が浮かんだ。
あのクロちゃんのファンの男性が、私に料理の乗ったお皿を手渡してくれた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
返事を返して、彼は私の隣に腰を落とした。
くしゃりと草を踏む音がする。
「坊主、若いのにどうして志願したんだ? 声変わりだってまだだろ?」
私はぎくりとしつつ、へらっと愛想笑いを返した。
「いやぁ……あはは。一度その……見てみたくて」
「軍を?」
「ん、まあ、そうですね」
変わってるなぁ――と、男性は呟いた。
でも、男性だって、軍というか、クロちゃんが見たいから参加したんじゃないんだろうか?
「わた――俺、あなたもそうなのかなって、思ってましたけど」
「なんで?」
「なんだか、好奇心旺盛に色々訊いてたから」
「ああ……」
男性は苦笑して、鼻をかいた。
「ここだけの話なんだが……」
声を潜めて、手で口の動きを隠す。
「俺、記者なんだよ。新聞記者」
「新聞!?」
この世界にも新聞があったとは!
驚いた私に、男性は慌てて、シー! と、人差し指を突き出してみせた。
「すみません……」
「いや……」
「新聞記者さんがどうして?」
訊くと、男性は難しい顔をした。
言おうかどうしようか迷って、結局自分の言いたいという気持ちに負けたようで、さっきよりも声を落として、語りだした。
「黒田三関って、色々と謎な人物なんだよ。出生も不明だし、年齢も不明だし、酷い噂があったかと思えば英雄的な噂もあったりで、何がなんだかね……」
そう言って彼は肩をすくめて見せた。
「三年前、多くの人が黒田三関は白星だと目撃していたのにも関わらず、緘口令が敷かれて記事に出来なかったし。その時にもね、十二歳の子供だったと証言する人も多くいたんだけど、俺には到底信じられなくてね。だって、そうするとだよ? 彼は十歳の頃から指揮をとって戦っていたことになるんだ。普通ありえないだろ?」
……たしかにそうだ。普通じゃありえない。
私は簡単に、すごいなぁって納得しちゃってたけど、そういう風に聞かされて、納得できない人がいるのも頷ける。
私は話の腰を折らないように、相槌だけ打った。
「彼の名を一躍有名にしたのは、彼の初陣である見裂ヶ原の戦いなんだけど、敵国である功歩軍はその時、総指揮を取っているのは当時の三関である東條三関だと思っていたんだよ。旗もそのままだったしね。でも、やり口があまりにも違いすぎる。東條三関は、一本気があるような人だったからね。そもそもあまり奇襲を好まない人物であったんだ。だから、きっと軍師が変わったんだと、思ったんだね。そこから、まだ見ぬ、名も知れない人物を、恐れをこめてこう呼んだ。『残虐非道の悪軍師』」
それって……。いつか、毛利さんが言ってた。
「指揮をとっていたのが、黒田三関だと知らない美章の兵も多くいたんだよ。実際に声を張り上げていたのは、東條三関だったからね。黒田三関は、東條三関の隣で指揮を出していたわけだ。軍師というのは、あながち間違いではなかったわけだね」
「なるほど」
「だけど、戦が終わった後、指揮をとっていたのは黒田三関だと東條三関が大々的に発表したわけだ。その場でね。それが本当だとしても、黙っていれば自分の手柄になるというのにね。律儀と言えば聞こえはいいが、敵国とは言えあまりにも無残なやり方に自分の指揮だと思われるのが嫌だったのかも知れない」
話には聞いていたけど、本当にそんなに酷い有様だったんだろうか。
あの、クロちゃんが……。
「噂……というのは、なんなんですか? その、酷い噂っていうのは……?」
「うん。それこそが、俺がもっとも頭を抱えるところだ。僅か十一かそこらの少年が、できそうもないことだよ」
そう前置きをして、彼は語りだした。
私は大よそ信じられなくて、聞いた話の半分以上が霧散した。
敵国の功歩では、商売女を連れて戦地を駆けるという変わった風習があったのだそうだ。その女達が、捕虜になったのか、それとも敵国相手に商売に出たのかは分からないが、功歩軍陣地に転がり込んできたのだそうだ。
首だけが。
ゴロゴロと、五人分。
それを見た功歩軍は、悪軍師と知られたクロちゃんの仕業だと思ったらしい。
実際に、一人の首に紙が巻きついており、そこに名が書かれていたのだそうだ。
「俺にはとても信じられない話だよ」
男性はそう言って肩をすくめた。
私も、到底信じられなくて、目を丸くしたまま、何も言えない。
クロちゃんが、そんなことをするはずがない。
(だけど……女嫌いが本当なのだとしたら?)
そうだとしても、ありえない。
そう、ありえない。
私は、クロちゃんを信じる。
クロちゃんの過去を知らなくても、私はクロちゃんを信じる。
そう思ったら、なんだか途端にここにいるのがバカらしくなってきた。
結局私は、彼を信じきれていなかったんだ。
だから、こんなとこまで押しかけてきて、こそこそ様子を見ようなどと思ったんだ。
気になるのだったら、理由を直接訊けば良かったんだ。
信じきれていたのなら、魔王のためだと言われるなんて思いもしなかったはずだ。
私は自分が情けなくなって、思わず泣き出してしまった。
そんな私を、男性はびっくりした表情で見て、どうしたものかと慌てふためいていた。
自分が酷い話をしてしまったからかと、男性はひっきりなしに心配していたけど、大丈夫ですと告げると、天幕の中に引っ込んでいった。
彼は名を樹一(きいち)さんと言った。



