* * *

 バイトの帰りに、寄る場所が出来た。
 図書館の先に、オープンカフェのお店があったのだ。

 お店は町が一望できるテラスがついている。
 毎日じゃないけど、彼女が休みの日にこのお店でおしゃべりをして過ごす。

 ちなみにお城の石垣はまだ続いていて、もう少し上るとお城の門がある。
 私がテラスのテーブルに突っ伏して待っていると、

「お疲れ!」
 明るい声が振ってきた。
 振り返ると、彼女――七々さんが手を振って歩いてきている。

「お疲れ様ぁ」
 私も手を振り返すと、七々さんは正面に座った。

 七々さんには、まだあの時の彼が黒田様だとは告げていない。
 いつか言おうとは思ってるんだけど、クロちゃんの事を考えるともうちょっと時間が経ってからのほうがいい気がして。

「なんか落ち込んでるみたいだけど、どうしたの?」
 七々さんは私を見据えながら訊いた。

(う~ん……相談してみようかな?)

 もちろん、クロちゃんのことは伏せて。

「彼氏のこと?」
「え!? なんで分かったんですか?」
「なんとなく」

 ケロッと返されて、目をぱちくりさせてしまう。

「確か、同棲してんだよね?」
「はい」

 七々さんには、私に彼氏がいて、同棲しているということは告げてある。

「浮気でもされた?」
「……いえ。その方がマシだったかも知れないです……いや、それもイヤですけど!」

 浮気もイヤだ。
 十分、ヤだ。

「じゃあ、なに?」

 私は七々さんに悩みを打ち明けた。
 一緒に暮らしてるのに、キスもしてこない。
 同僚の人には女嫌いだと思われていたらしい――と。

「……なるほどねぇ。それは変よね。好きな女といるのに手も出さないなんて」
「ですよね!?」

 付き合ったのなんて初めてだけど、おかしいということくらいは分かる。

「もしかして本当に、ソッチなのかもね」

 意地悪く言って、七々さんはにやりと笑った。

「ひどいですよぉ! そんなこと……ないですよ!」
(……そう信じたいっ!)

 テーブルに突っ伏した私の頭に、ぽんぽんと手が置かれる。

「わ~るかったって、ただカラかっただけだっつーの」
「からかわないで下さいよぅ」

 むっとした表情を作って、顔を上げた。
 七々さんは片眉を上げて「ひひっ」と笑う。

「職場にでも行ってみたら?」
「職場?」

「こっそり覗き見てみるの。そこに新手の女がいるかも知れないし、新手の男がいるかも知れないし」
「もう! 七々さんっ!」

 いじけた声を上げると、七々さんは面白そうに笑った。
 本当、この人って意地悪なんだよなっ!

「まあ、冗談はこの辺にして。彼って十五歳でしょ? まだ純情の盛りじゃない。恥ずかしくって手出せないだけだって」

 うん、七々さんは意地悪だけど、最後はちゃんとフォローしてくれるんだよね。
 そういうとこ好き。
 私は嬉しい気持ちで、カップを取って口をつけた。

「その内、狼竜(ろうりゅう)みたいに襲ってくるって」
「……ぶふっ!」
「うわ! 汚っ!」

 いきなりの発言に、つい、カップの中身を噴き出してしまった。
 持っていたメニューを盾にしたので、七々さんにはかからずに済んだけど、ちょっと汚いまねをしてしまった。

「すいません」

 七々さんが店員さんを呼んで、お絞りを持ってきてくれたので、それでテーブルを拭く。
 狼竜とは、狼に似ている姿をしていて、尻尾はドラゴンの尻尾のように長く、体長も三メートルと大きい。

 この世界では、元の世界で言う『送り狼』とか『狼になる』とかを送り狼竜とか、狼竜になるとかいう風に言う。

 しばしば男性や狡猾な人間に例えられるのは、狼竜が狡猾であり、なおかつ、生殖活動中に雌の受諾なしで襲う性質にある――と、この前読んだドラゴンの本には書いてあった。

 思い出したら、なんだか恥ずかしいな……。
 クロちゃんもそのうち……って、はしたない!
 はしたないぞ、ゆり!

「なぁに、期待した顔しちゃって!」
「えっ!? して、してないですよ!」
「してた! 絶対えっちな妄想してたね!」
「ちがっ! 違いますよぉ! 私はキスの妄想をしただけで――」
(うわっ! 口が滑った!)

 もう、恥ずかしいよ~!
 七々さんは、にやにやと面白そうに顔を歪めて笑っていた。
 ……もう、意地悪だなぁ!
 こっちだって、いつまでもからかわれたままじゃないんだから!

「七々さんの方こそ、どうなんですか? 前に言ってた彼氏候補の人とは!」
「うん。今一応付き合ってるよ。正式に」
「へえ……どこまで行きました?」
 よし、反撃に出てやったぞ!

「ふつーに、セックスまで行ったけど?」
「……」

 しれっと、返されて自分の顔が、一気に熱くなるのを感じた。
 だって、そんなストレートな返しがあるなんて、思わなくて!
 面食らっている私に、七々さんはにやりと意地悪く笑った。
 また……からかわれたぁ!

「彼、シュシュルフランってお店でコックやってるよ」
「……え?」
「ん?」

 それって、それってまさか……。

「平煉さんですか!?」
「えっ、なんで知ってんの!?」
(ええ~!? 七々さんの彼氏が、平煉さんだなんて!)

 じゃあ、もしかして前に言ってたデートの相手って、七々さん!?
 世の中、狭いもんだなぁ……。
 七々さんには、私がどんなとこで働いてるかは言ってあったけど、お店の名前は言ってなかった。
 そのあと、私もそこで働いてると告げると、七々さんはすごくびっくりしていた。