* * *

 宴もたけなわというところだろうか。
 酔っ払いが増える中、やはり紅一点に近づこうとする輩はいるもんだ。

 そりゃ、いやらしい気持ちでじゃないよ。
 上司の女だからね。
 可愛らしい花には近づいてみたくなるもんだろ?

 そんな輩が現れては、隊長に蹴りやら、睨みやら入れられて退散している。この、スーパー隠密の翼様じゃなくても分かる態度だ。
 明らかに、二人は付き合っている。

 二ヶ月ほど前から、あれぇ? なんか変だなぁ……。とは思っていたんだ俺は。
 隊長がまずご機嫌な日が増えたし、家に押しかけた時の迷惑顔が増したかと思えば、助かったと言わんばかりの、ほっとした顔を向けられたり。

 ゆりちゃんも、すごく可愛くなったし。
 元々可愛い子だったけど、女度が上がったっていうか、フェロモンが出るようになったっていうか……そんな感じだ。

「……ちぇっ」

 だが最近の俺は密かにいじけているのだ。
 だって、二人とも薄情じゃないか。

 付き合ったんなら、俺たち付き合ってます! くらい教えてくれたって良いじゃんか。
 隊長はああいう性格だから、言わないだろうけど。

 いや、もし俺がゆりちゃんのことが好きだったら、これ見よがしに報告してくるとは思うんだ。
『ぼくのだから、手出さないでね』
 なんて、軽々と言ってのけるだろうし。

 ここにライバルが、例えば毛利とか三条とかが居ようもんなら牽制をこめて、イチャつきまくるだろう。

(……ああ、でも無理か。隊長まだ吹っ切れてないみたいだから……)

 それにしたって、せめてゆりちゃんからでも報告があったって良いと思うんだよ、おじさんはさ。
俺は、内心いじけながら、隊長に近寄った。

「た~いちょっ!」

 わざと甘えた調子で言ったら、ジロリと白い目で見られた。
 無言でだ。
 相変わらずクールだぜ。
 おっさんの目にだって涙は溜まるんだぜ。弟よ、いや息子よ。

「い~のかな、そんな目しちゃって!」
「は?」

 俺には秘密兵器があるのだ。
 ジャケットの内ポケットから、巻物を取り出した。

「それ……」
「お届け物です」

 さっさと寄こせと言わんばかりに、隊長は手を差し出した。
 俺は巻物をすっと上に上げて、にんまりする。

「隊長。俺に何か報告があるんじゃないっすか?」
「は?」

 訝るようすで眉を顰める隊長に、俺はさらににやりと笑みかけた。
 数秒もしない内に、隊長の顔色が変わる。
 訝るようすから、うざったそうな表情へ。
 まあ、思春期の男の子ですから、そんな反応にもなるでしょうけども、お父さんに話してごらんよ。息子よ!


「……なに、彼女と付き合ってるってことが聞きたいわけ?」
「その通りですとも!」
「――で? だからなに?」

 ……だからなに、ときましたか……そうですか。

「だからなに? じゃ、ないっすよ! なんで教えてくれないんすかぁ?」
「報告する義務なんてないだろ?」
「そっすけどぉ……」

 いじけてしまうよ。おっさんは……。
 まあ、しょうがない。
 隊長はそういう人だ。

「隊長は、ゆりちゃんのどこが好きなったんすか?」
 まあ、どうせうざいとか、関係ないだろとか言って答えてくれないんだろうけど。
「……多分、彼女がこの世界の人間じゃないからだと思う」

――え……。

 俺は思わず呆然としてしまった。
 その答えがどうかは関係ない。
 隊長が答えてくれた事に、驚いてしまった。

「もしも、彼女がこの世界の人間だったら、ぼくは屋敷でそっくりそのまま、あの言葉をかけてもらったとしても、感情が動かされる事はなかったと思う」

 隊長の言うあの言葉、とはどんなものかは知らないけど、隊長が柔らかい表情で何かを語るのを見たのは、初めてだ。

 そうか……。
 この世界の人間じゃないから……か。

 残念で、寂しい気持ちが襲うが、同時に嬉しい気持ちも俺の心に存在した。
 隊長が、もう一度愛せる人に出会えたという事が、俺の胸を熱くした。

「……おい。密書寄こせよ」

 隊長のそっけない声音が飛ぶ。
 でも、頬が若干赤く、フードを目深に引っ張った。
 俺は一層嬉しくなって、巻物を隊長に渡した。