「あのね、昨日のことなんだけど――」

 切り出した瞬間、固まった。
 クロちゃんの瞳から、すっと色がなくなったのがわかった。
 開いていたドアが、途端に閉められたのを感じた。

「ぼく、もう寝るね。ごちそうさま」
「ちょ、ちょっと待って!」
「……なに?」

 鋭い瞳で睨まれて、ズキンと胸が痛む。

(拒絶……された)

 その事実に、私は何も言えなくなった。

(……嫌われた?)

 何も言わない私に、クロちゃんは一瞥だけして椅子を蹴って立ち上がった。
 その途端に怖くなった。

(なにか、言わなきゃ)

 去って行く彼の背中を見て、無性に焦燥に駆られた。
 このまま彼を行かせたら、そのまま心まで去って行ってしまう気がした。
 彼が独りになってしまう気がした。

「ごめんね!」

 私は搾り出すようにして叫んだ。
 切迫感からか、声がかすれてしまった。
 クロちゃんはぴたりと足を止めて、ゆっくりと振り返った。

「なんで? 別に謝るようなことしてないでしょ?」

 見下げるような目で私を見る。
 クロちゃんのあんな目は何度か見たことがあったけど、自分がそんな目で見られる日が来るとは思わなかった。
 ショックで打ちのめされそうになったけど、

「した、と思う」
「へえ」

 声を振り絞った私に、クロちゃんはそっけない返事を返した。
 でも、どんな? とは聞き返さない。

「私、昨日の図書館のお姉さんに訊きに行ったの」

 クロちゃんが息を呑む声が聞こえた。
 緊張と不安から、クロちゃんの顔が見れない。
 乾いた唇を舐めた。

「白星のことも聞いた。式典のことも……お姉さん、七々さんっていってその式典にいたんだって。でもすごく後悔してて……」

 私は呟くように言って、意を決して顔を上げた。
 クロちゃんは俯いていて、その表情を窺うことは出来なかった。
 どこか、ほっとした自分がいる。

「もちろん、七々さんは式典の時、野次に参加なんてしてないよ? それでも、止められなかったって悔やんでた」

 クロちゃん、まだ顔を上げない。
 どんどん気持ちが逸っていくのを感じる。

「それで……私、知らなかったとは言え、クロちゃんの心に土足で踏み入ったようなもんだったんだって、知って……ごめんね」

 心がざわつく。
 私の行動を、許してくれるだろうか?

「それで? それがなに?」
「……え?」

 クロちゃんから返ってきた声音は、驚くほどに冷たかった。

「まず、最初にさ、式典の時に居たっていう女ね。あの女がその場にいて、止められなかったことを悔やんでたって、それがなんなの?」
「え……と」

 絶句する私に、クロちゃんは矢継ぎ早に苛立ちをぶつけた。
 その言葉の端々には、軽蔑の色が色濃く含まれている。

「あの女が、ぼくを白星だって認識したのには変わりないだろ? どうせぼくが黒田だって名乗ったら、手のひら返して褒め称えたり謝ってきたり、するつもりだったんだろ?」
「それは……」

「それに、キミさ。ぼくが昨日の事に触れないで欲しいって散々サイン出してたよね? それともそれに気づかないほど鈍いわけ?」
「それは、気づいてたけど……」
「気づいてたらなんでするの?」

 クロちゃんの強い口調に、私は押し黙る。
 なんでか……なんて、そんなの……。