* * *
すっかり日が落ちて、外は暗闇が包んでいる。
クロちゃんはまだ帰ってこなかった。
街灯の明かりが照らしているのは、大通りだけで、大通りから外れると途端に明かりがなくり、闇の世界へ包まれる。
クロちゃんは、カンテラを持って行かなかったはずだから、夜道はさぞ暗いだろう。
(カンテラ持って、外に出てみようかな?)
そう思った時、玄関の鍵が開錠される音が聞こえた。
クロちゃんだ。
私は、リビングと廊下の境に出て、
「おかえりなさい!」
勢いよく言うと、真っ暗な中で少し戸惑うような声が聞こえた。(玄関にランプはついてないのだ)
「ただいま」
人影が廊下を通る。
クロちゃんのフードがリビングに現れた。
「今日は遅かったんだね」
「うん。ちょっと残業」
「そうだ。今日ね、部下の方達が来たよ」
「……え?」
クロちゃんがあからさまに眉を顰めて、嫌そうな顔をした。
「なんか変な事言ってた?」
「ううん。皆さん、クロちゃんのこと心配してたよ」
「……は? なんで?」
怪訝な顔をして、小首を傾ける。
「今日元気がなかったからって」
「……そう」
そっけなく返して、クロちゃんはソファに座った。
(元気ない原因は私なんだろうけど……)
ちょっと罪悪感が湧いたので、料理の話をすることにした。
私はちょっと大げさに手を叩いた。
「あっ! あのね、今日私がご飯作ったんだよ!」
「へえ……そうなんだ」
クロちゃんの瞳が若干煌めいたように見えた。
多分、嬉しがってくれたんだと思う。……そう思いたい。
テーブルの上に出しておいた料理を見て、クロちゃんは驚いた声を上げた。
「うわぁ。すごいね、美味しそうじゃん!」
「ありがとう」
私は凄く嬉しくて、同時に気恥ずかしかった。
私が作った料理は、お世辞にも美味しそうとは言えない見栄えだったからだ。
お肉はちょっと揚げ過ぎちゃったみたいだし、アンも焦がしてしまって黒っぽかった。燐麦は煮るだけだから問題ないけど、大よそ美味しそうとは言えない。
だから、まずそうとか、何これとか、言われるんじゃないかって密かに不安に思ったりもしてた。
だから、お世辞で言ってくれたにせよ、クロちゃんの言葉は私にとっては嬉しい言葉だった。
私は席に着いて、クロちゃんが食べるのを固唾を呑んで見守る。
クロちゃんは、静かにお肉を口に運んだ。
ううっ、緊張する。
「……うん。美味しいよ!」
彼は若干間を空けて、目を見開いた。
にこっと笑いかけてくれる。
ほ、本当かな?
私は疑いつつも、肉を口にした。
「……」
おっ、意外とイケる。
感動するするほど、美味しいわけでもなく、絶叫するほどまずいわけでもない。
普通。
でも、自分が想像していたのよりは、遥かに美味しかった。
「ふふっ」
不意にクロちゃんが含み笑いをした。
「なぁに?」
「いや……そんなに自分の料理の点数低く見積もってたんだって思って」
うっ……バレバレですか。
なんで、顔に出ちゃうんだろうなぁ……。
「だって、初めて作ったし、見た目があんまり美味しそうじゃなかったから」
「そう? ぼくは美味しそうに見えたし、初めて作ったんだったら、良いレベルだと思うけど?」
「……ありがとう」
口を窄めてお辞儀した。
(なんだか、照れるな)
お世辞かも知れないけど、真に受けてしまう。
私達は、暫く談笑しながら食事をした。まるで昨日のことなんて、なかったみたいに。
(今なら、傷つけたことを謝れるかも知れない)



