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 相当、悩んだ。それこそ、朝から夕方までずっと。これは良い事なのか、不誠実ではないのか。
 だけど、知りたい。
 クロちゃんを傷つけてしまった理由が知りたい。

 私は閉店間際の図書室の前にいた。
 緊張から、喉をごくりと鳴らして図書館の扉を潜った。
 白髪のお姉さんは、いつものようにカウンターに座っていた。
 私はお姉さんの前に立った。
 お姉さんは緊張した私を見上げて、不思議そうに首を傾げた。

「あの、ちょっとお訊きしたい事があるんですけど」
「はい?」
 私の緊張が移ったのか、お姉さんもどことなく強張った面持ちに変わる。

「あの、白星ってなんですか?」
「……!」

 そう訊ねた途端、お姉さんは大きく息を呑んで、勢いよく立ち上がった。
 そしてそのまま私の手を掴んで、しっ! と、人差し指を立てる。
「ちょっと、こちらへ」

 真面目な顔をしたお姉さんに連れられて、私達は図書館の外へと出た。図書館の裏にまわったところで、お姉さんが振り返った。

「あなた、昨日白星と一緒にいた子よね?」
「……はい」
(その白星が分からないから訊きにきたんだけど)

 でも多分この人が言ってるのは、昨日のクロちゃんのことだろうから、私は頷いてみせた。

「やっぱり、あの人って黒田様なの?」
(質問したのは私なんだけど……)
 いつの間にか立場が逆転してる。

「あの……だから――」
「私の質問に答えてくれたら答えるわ。どうなの?」
(なんか、偉そうな人だな……)
 人選間違えたかも。

「いいえ、違います」
 クロちゃんは言って欲しくなさそうだったから、少し考えたけど嘘をついた。
 すると、お姉さんは静かにため息をついた。

「そうよね……そんなわけないわよね」
 そう呟いて俯く。その姿は残念がっているように見えた。

(なんでだろう?)

「白星ってのは、功歩の人間のことを言うのよ」
「え?」
 ぶっきらぼうに出された言葉に思わず訊き返す。

(功歩? ――クロちゃんが功歩の人間ってこと?)
 首を傾げる私を見て、お姉さんは呆れたため息をついた。

「あなた、美章の人間じゃないの?」
「いやぁ……あはは……」
 笑って誤魔化そうとしたわけじゃないけど、苦笑してしまった私に、お姉さんは、

「そのようすじゃ、違うみたいね。だけど、他国でも結構有名な話だと思ってたけど……」
 若干怪訝そうにしたお姉さんだったけど、まあ、いいわ! と、勝手に納得して、続けた。

「功歩の人間って、八割が白い肌に、緑の目に、金色の髪なの。だから、昔、大昔だけど、功歩と美章が仲が良かった時に、白くてキレイな肌で、星みたいにキラキラ輝く金の髪を褒め称えて『白星』って呼んだのよ」
「へえ……」

「だけど、功歩が美章に攻めてくるようになって、いつしか白星という呼び名は、嘲りの象徴になったの。野蛮人とか、教養がない――つまりは、バカとかね」
「……え?」

「功歩の人間そのものに使う場合も多いわね。言ってしまえば、白星ってのは、功歩の人間への差別用語よ」
(――差別)

 私は、頭が真っ白になった。
 じゃあ、クロちゃんは……もしかしたらずっと、差別されてきた?

「ねえ、ちょっと聞いてるの?」
「あ、はい! 聞いてます」
 我に帰って返事を返したけど、気分は沈んだままだ。
「あの……もしも、もしもですよ? 昨日の彼が黒田様だったら、どうしてました?」

 やっぱり、差別して図書館から追い出そうと思ってたんだろうか?
 私は複雑な気分で訊ねた。
 しかし、お姉さんからの返答は意外なものだった。

「謝ろうと思ってたわ」
 ケロッとしたように言われて、一瞬フリーズする。
「……謝る?」
「ええ」

 なおもケロッとしたようすで答えるお姉さんに私が戸惑っていると、お姉さんはため息をついた。
 途端に表情が曇る。

「昔ね、三年前にここ、凛章で式典が行われたの。戦争が休戦して、そのお祝いと、功労者を讃える式典」
「はい」
 お姉さんの表情がどことなく真剣で、相槌を打つ私の声音も自然と真剣になる。

「そこで、黒田様も壇上に上がったの。当然よね。一番の功労者だもの。黒田様って、いつもフードを被ってらして、誰も脱いだ姿を見た事がなかったの。戦場でもそうだったんですって」
「へえ……」

 戦場でも脱がなかったんだ。
 それ程、自分の外見が……功歩の人であることが嫌だったんだ。

「でも、式典で正装しないわけにはいかないじゃない? だから、初めてフードのない黒田様の姿を皆が見たの。式典に集まった民衆は皆驚いたわ。美章の英雄が、美章の知将が、まさか、白星だなんて……」

 ムッとした。
 白星がなんなの、そんなの関係ないじゃない。

「だけど、黒田様が美章にしてくれたことが変わるわけじゃない。彼は侵略者から美章を守った。美章の将軍ですら、ちゃんと果たせなかったことを彼は果たした。民衆はざわついたけど、でも受け入れよう――そういうふうに風は傾いていた。だけど――」

 お姉さんの顔が悲痛に歪んだ。

(なに? ――なにがあったの?)

「一人の男が声を荒げたの。そいつは白星だって言って。美章の人間じゃないって言って、石を投げつけた」

――石を……投げた?

「当然そんな物を避けられない黒田様じゃないわ。ひょいっと軽々と避けたのよ。だけど、男の声に賛同した者がいたの。ほら、民衆って声の大きい方に傾くとこってあるじゃない?だから、その波が段々広がっていって、最後は黒田様に対してのブーイングの嵐になったの」

「……ひどい」
「でしょう?」

 ポツリと出た言葉に、彼女は頷いた。
 彼女も話していてかなり不愉快そうだった。

「彼、まだ十二歳かそこらだったのよ。そんな子供に……。しかも美章を救ってくれた人に対して、それはないでしょう?」
「はい。あんまりです」

 ぽろぽろと涙が零れてきた。
 そんなのってない。
 クロちゃんがかわいそう過ぎる。

 お姉さんは驚いて、狼狽した。
 ひとしきりキョロキョロとすると、私のそばに寄って来て頭をぽんと叩いた。
 戸惑った笑みを投げかける彼女に、私は笑み返した。
 思ってたよりも、良い人だったみたいだ。

「すみません」
 私はそう謝りながら、手の甲で涙を拭った。
 お姉さんは微苦笑し、自分の髪を耳にかけた。