* * *

「どうしたの!?」

 私が声を荒げると、クロちゃんはやっと走るのをやめた。
 図書館から大分離れた場所にいる。振り返ると図書館が掴めるくらいに小さい。
 ゼーゼーと肩で息をする。
 クロちゃんは足が速くて、ついて行くのがやっとだった。
 ぱっと、繋がれていた手が離れた。

「ごめんね。大丈夫?」
 明るい調子で、私を気遣うクロちゃんだけど、大丈夫じゃなさそうなのは、クロちゃんの方じゃない?

 顔色が悪い気がする。さっき手も震えていたし……。
 あれは、動揺して震えていたのだろうか? それとも、怒り? 哀しみ?

「クロちゃんの方こそ、大丈夫?」
「え?」

 にこりと笑みかけると、クロちゃんは一瞬目を丸くした。

「……なんの話ぃ?」

 わざと明るく言って見せるけど、動揺は隠せてなかった。
 クロちゃんは、多分だけど、今、傷ついてるんだと思った。でも、なんて言ったら良いのか分からない。だから私は、ためらいながらフード越しにクロちゃんの頭をなでた。

 アニキに頭を撫でられると、すごく安心したから。
 大丈夫だよって、伝えるために。
 だけど、すぐに恥ずかしくなって、手を離した。
 クロちゃんは、驚いた顔のまま固まっていた。急に不安になった。

(嫌だったかな?)


「な、なんなわけ? 別にぼく、なんとも……」

 強い調子で出された声音は、尻つぼみに弱々しくなって、最後はごにゃごにゃと、口の中で呟いた。
クロちゃんは、真っ赤になった顔をフードを引っ張って隠した。
 良かった。嫌われたわけではなさそう。

(それにしても、白星ってなんだろう?)

 すごく訊きたいけど、それは彼にとって重要で、容易に足を踏み入れてはいけないところな気がした。だから、訊けない。

「わああ!」
「きゃああ!」

 その時、大通りから大きな歓声が沸いた。
 一瞬肩をすくめて振り返る。

「なに?」
「パレードでしょ」

 クロちゃんが呆れるように冷たく言って、通りを見つめた。それは私に対してではなく、大通りの先に対してだったように思う。

 行ってみない?――と、言いたかったけど、やめた。
 クロちゃんは多分、心底パレードが嫌いだ。
 パレードがと言うよりは多分、その主役が。赤井さんとの関係を見るに、そんな気がした。

「……行く?」
「え?」

 ぱっと顔を上げると、クロちゃんが優しく笑んでいた。

「行きたいんでしょ?」

 口を窄めて呆れたように装うけど、また優しい笑みが覗いた。
 私は、胸が締め付けられるような気がして、なんだか涙が出そうになった。

「うん」

 泣かないように精一杯笑う。

「じゃ、行こうか。人が多いからはぐれないようにね」

 クロちゃんが手を差し出した。
 ドキドキと脈打つ鼓動がクロちゃんに伝わらないように、私は短く息を吐いて、その手を握った。