「大丈夫だった?」

 クロちゃんが俯きかげんで、私のところへやってきた。

「うん……こわ――」

 怖かったよ――そう言う前に、クロちゃんが顔を上げた。
 ぎくりと胸が震える。
 沈んだような目、暗い色。薄っすらと、冷笑が浮かんでいる。

(クロちゃん、怒ってる)

 突然、短く、激しい音が私の左耳で鳴った。
 クロちゃんの右手が、私の左耳の側に押し付けるようにして置かれていた。左腕が頭上にそっと置かれる。

「……なにしてたの?」
「え?」

 不機嫌な声音。
 ギラリとした怒りを含んだ瞳。
 だけどその中に、哀し気な色が見えた気がした。
 私より少しだけ背の高い彼の顔が、見上げればすぐそこにある。フード越しに、緑色の目が透けた。
 さっきはあんなに不快だった壁ドン。
 でも、今は……。

「――っ!」

 頬が熱い。私は思わず、顔を伏せた。

「――キスしてたの?」
「……え?」

 今、なんて言った?
 キス? 私が、あんなのと!?
 ちょ、冗談じゃない! 

「ちょっと待って! 冗談じゃないよ! あんなのとキスなんかしない!」

 ムキになって思わず声高に叫んでしまった。
 自分の声の大きさに驚いて、赤かった顔が更に赤くなった。

(恥ずかしっ!)

 顔を伏せるさいに、ぽかんとするクロちゃんが映った。

「あははははっ!」

 途端に、クロちゃんが大声で笑った。
 すっと、右腕が離れる。
 思わずクロちゃんの右腕を、追いすがるように目線で追った。
 なんだか、ちょっとだけ残念な気持ちになる。

「そっか。それならいいや」

 顔をくしゃっとさせながら笑って、目をこする。
 そんなに爆笑しなくても……。そう思いつつ、笑い転げる彼を見ていたら、私も思わず笑ってしまった。