* * *

 やがてクロちゃんが降りてきた。
 手紙を月鵬さんに突き出す。

「ありがとうございます」

 月鵬さんは満足げに手紙を受け取った。

「言っとくけど、騒ぎにならないようにしてよね」
「分かっております。偽装押印だけでも黒田様の優しさでしたのに、無理を言って申し訳ございません」

(……どういうこと?)
 私はしきりに首を捻ってしまう。まるで意味が分からない。

「……はあ」
 クロちゃんは思いっきりため息をついた。
「解ってるんだったら、偽造でカンベンしてよね」

 疲れたように、どかっとソファに腰掛ける。
 そんなクロちゃんに、月鵬さんは微笑みかけた。

「何事にも万全を期したいタイプでして」
「だったら、入国証落とすようなミスしないでよね」

 キッと睨みつけるクロちゃんに、月鵬さんは苦笑した。
 ますます訳が分からない。

(月鵬さんって、入国証持ってなかったの? じゃあどうやって凛章に入ったの?)

 でも、とても質問できる雰囲気じゃなかった。
 翼さんも、反省するようにじっと押し黙っている。

「んじゃ、とっとと帰って!」
「はい。では、おいとまさせていただきます」

 月鵬さんはにこやかに微笑んで、ラングルの手綱を引いた。
 私は月鵬さんの後を追う。
 玄関まで出ると、月鵬さんが振り返った。

「ここまでで大丈夫です」

 寂しくなるよとか、さっきの会話はなんだったのかとか、言いたいことや聞きたいことが重なって、上手く言葉にならない。
 そんな私に向って、月鵬さんは優しく笑いかけた。

「谷中様と離れてしまうのは寂しいですが、お体に気をつけて下さいね」
「月鵬さんも!」

 そう言い返すのがやっとだ。
 月鵬さんは、手を振りながら街中に消えていった。

(寂しくなるな……)

 沈んだ気分で家の中に戻ると、すでにクロちゃんの姿はなかった。
 さっきのはなんなのか、聞き出そうと思ったのに逃げられてしまった。
 自室にいるんだろうから、行けば会えるけど、多分本当のことは言ってくれないだろうな。
 ふと目線を動かすと、ソファに項垂れるようにして翼さんが座っていた。

「だ、大丈夫ですか?」

 声をかけると、翼さんは顔を上げた。
 こう言っちゃなんだけど、情けない顔をしている。

「ああ~! 失敗したっ! ちょっと考えれば分かる事だったんすけどねぇ……!」

 自分を責めるように言って、翼さんは頭をガシガシと掻いた。

「あの、さっきの訊いても?」
「ダメっす! カンベンして下さい。これ以上隊長の足引っ張るわけにはいかないんで!聞きたかったら直接隊長に訊ねて下さい! 言える事なら答えてくれると思うんで」

 きっぱりと翼さんは断って、立ち上がった。

「俺、帰りますね! そうだ、入国証のことはさっき隊長から聞きましたからすぐに手配するっす!」
 そう言って手を振る。
「あ、あの――」
 私の呼びかけには答えず、翼さんはそそくさと退散した。