「お前、ぼくに礼状書かせる気か!?」

 突っ込みとも怒声とも取れる声音がして、翼さんの太ももから――パァン! という鋭い音が響いた。

「あ、痛っ!」

 クロちゃんが翼さんに蹴りを入れたのだ。決して強くはなかったけど、痛そうな音だった。翼さんは倒れこみもせず、サスサスと、太ももを擦っている。

「良いじゃないっすかぁ、礼状くらい~。パパッと書けるでしょぉ?」
「そういう問題じゃないんだよ! このアホ!」
「ええ~? どういう問題なんすかぁ?」

 翼さんの質問には答えずに、クロちゃんはチッと舌打ちをして月鵬さんに手紙を差し出した。

「それ持ってとっとと帰ってよね!」
「……なんでしたら、礼状も一緒に持って帰りましょうか?」

 ぶっきらぼうなクロちゃんに、月鵬さんは不敵な笑みを浮かべた。してやったりという表情をしている。

(この二人なにかあったの?)

「そうっすよ。そうすりゃ手間ないじゃないっすか!」
「うるせえ! 黙ってろ!」

 あっけらかんと告げた翼さんに、クロちゃんは怒鳴った。
 突込みとも取れる口調だったけど、イライラしてるのは分かった。

「……これ、裏書されてるんですね」

 手紙を見渡していた月鵬さんが、裏側を見つめて、ぽつりと呟いた。
 意外そうな声音だ。

「まあね」
「……偽造ですか?」
「……」
(偽造? なにやら不穏な言葉が聞こえたような……?)
 試すような月鵬さんの口ぶりに、クロちゃんはなにも答えない。ただ、にやりと笑っただけだ。

「偽造なんですね?」

 諦めたようなため息をついて、月鵬さんは呟いた。
 しかし、次の瞬間には自信に満ちた表情をしていた。

「やはり、礼状を受け取っていきますわ」

 明朗に出された言葉に、クロちゃんは若干引きつった笑みを返した。
 そして、今度はにこりと笑う。

「ううん。それは改めて書かせていただくよ。だって、岐附の将軍に短時間で書いた礼状なんて失礼だろ?」
「いいえ。私どもの将軍はそんな些細な事を気にするお方ではありませんわ。どうかご心配なさらずに。今、書いていただきます?」
「……」

――怖い。
 二人とも笑顔なのに、バチバチと闘志が行きかっている――いや、これは殺気と言っても良いのかも知れない……。

 暫く重苦しい沈黙が続いて、根負けしたような大きなため息が聞こえた。――クロちゃんだ。
 クロちゃんはフイっと顔を背けて、月鵬さんの持っていた手紙を乱暴に取った。

「書状は一つでいいだろ?」

 ぶっきらぼうに言って、階段へ向う。
 追いすがるように翼さんが駆けて行った。

「もしかして、自分、まずいことしちゃいましたか?」
「いや、良い。下がってろ」

 ぶっきらぼうな態度に、似つかわしくない優しい声音だった。

(上官なんだな……)

 私はその光景を見て、不意にそんなことを思った。
 クロちゃんは、未成年だけど、部下を持った人なんだ。
 仕事をして、責任ある立場の人なんだと、初めてそう実感した。

(私より年下なのに、私よりずっと、大人なんだ……)

 胸が、きゅんとする。
 寂しいような気がした。

 でも同時に、尊敬のような気持ちもあって、なんて言ったらいいのか分からない。……切ない? そう、そうだ。その言葉が一番しっくりくる。

 階段を上がるクロちゃんを見つめる。
 胸の切なさが、治まる気配がなかった。