「月鵬さ――」
「只今帰りましたっ!」

 玄関を開けた途端、大きな影が目の前に現れ、突然ぎゅっと、苦しいくらいに抱きしめられた。

(え!? なに!?)

 月鵬さんじゃない。っていうか、痛い、ゴツイ。――女の人じゃない。

「――っ!」

 思わず叫び出しそうになった瞬間、暢気な声が耳元で聞こえて身体を離された。

「あれ? 隊長じゃない」
「……翼さん?」
「あれぇ!? ゆりちゃん!」

 すっとんきょうな声を上げて、翼さんが驚く。無精ひげが生えていたけど、紛れもなく翼さんだ。

「良かったぁ! 無事だったんですね!」
「うん。なんとか無事だったっす!」
「ブルゥグル――」
「ん?」

 変な鳴き声がして、顔を向けると、すぐ隣にラングルがいた。あの、クロちゃんの赤いラングルだ。
 ちょっとびっくりしたけど、ラングルも無事でよかった。

「おい!」

 背後から不機嫌な声が飛んできて振向くと、クロちゃんがむすっとした表情で腕組みしている。

「隊長ぉ!」

 翼さんは勢いよく駆け出した。
 クロちゃんに抱きつこうとして、ひょいとかわされる。そのまま、前のめりになった翼さんのお尻を蹴り飛ばした。
 派手な音をさせて、翼さんは顔面を床に叩きつける。

(うわっ。痛そう)

「ひどいっすよ、隊長!」

 翼さんの嘆きを無視して、クロちゃんは玄関先に出てきた。

「シンディ!」

 赤いラングルの側に駆けて行って、撫で回す。私は思わず目を丸くした。
 クロちゃんが人懐っこそうな、満面の笑みを浮かべているなんて、なんだか珍しい。
 それに気づいたのか、クロちゃんは若干頬を赤らめた。

「あっ、照れた」
「照れてないっ!」

 つい口を滑らすと、クロちゃんは今度は頬を真っ赤にした。

(可愛いなぁ)
「可愛いんすから、もう!」

(えっ?)

 翼さんが立ち上がって、にやにやと笑っている。
 びっくりした。心の声が出てちゃったのかと思った。

「はあ!?」

 不機嫌な声音で言って、クロちゃんは翼さんを睨んだ。
 翼さんは、「すんませ~ん」と、軽く謝って、にやりと口の端を持ち上げた。
 全然反省感が伝わってこない。だけど、クロちゃんは鼻を鳴らしただけで、何も言わなかった。
 意外だなぁと、思ったけど、私は聞いてしまったのだ。
 シンディを家の中に入れる時に、翼さんとすれ違いざまに、クロちゃんは翼さんに向って囁いた。

「よく帰った」

 ぶっきらぼうな言い方だったけど、翼さんは嬉しそうに小さく微笑んで、「はい!」と、小声で返していた。

 なんだかんだ言っても、やっぱりクロちゃんも翼さんのこと、心配してたんだね。
 素直に、帰ってきて嬉しいって言ったら良いのに。
 私は、にんまりとした頬をリビングに行く直前に戻した。でないと、またクロちゃんが照れてブスッとしちゃうもん。