* * *

 図書館に着くと、昨日見れなかった歴史書を手に取った。
 月鵬さんは図書館に入って早々、なんだか物珍しい顔をしている。

「どうかしたんですか?」
「谷中様は珍しくは思われないのですか?」
「へ?」

 何が?

「私、初めて製本なる物を見ました。これがそうですよね?」
珍しそうに言って、月鵬さんは一冊の本を本棚から取り出した。
「……?」

 私は首を捻る。
(どういうことだろう? 本くらい普通にあるんじゃん?)

「普通、書物は巻物に書かれているじゃないですか。美章には本という物に書かれているというのは本当だったんですね」

 月鵬さんは、目をキラキラさせながら感動していた。

「へえ。そうなんですね」

 私は深く頷く。
(本って珍しいんだ。意外だなぁ。そういえば、世界地図を見せてもらった時も巻物だったっけ)

「全国的に見ても珍しいんですか?」
「ええ。このような物に書かれているのは美章の、この国立図書館だけではないでしょうか。珍しいと言えば、瞑では紙があまり作れないので、皮に書く事があるというのは聞いた事がありますけど」
「へえ……」

「多分これは、正本なんでしょうね。巻物が原本であって、それをこうして写して貸し出しているんでしょう」
「どうしてですか?」

 本に出来るなら、本として造った方が良いんじゃないのかな? その方が効率的っぽそうだし。

「確か、美章に製本技術が出来たのが、三十年ほど前と新しいので、古い物は巻物に記されえているはずですし、多分、そこまで大量生産出来ないんじゃないですかね?」
「どうしてですか?」

「これは表紙が皮です。皮の輸出は瞑が盛んで、美章では技術がないはずですから、皮は全面的に瞑から輸入してるはずです。輸入代も掛かりますし、製本技術も歴史が浅いので、そこまで出回ってる気がしません。大量生産出来るなら、私でしたら、書物を外国に売って回りますね。後は、そうですね……外国の巻物を写す権利を得て売りさばきますね」

(月鵬さんって、案外商売人なんだな。そんなこと思いつきもしなかった)

 私は感心しながら、手にした歴史書に目を通した。
 パラパラと読んだ感じでは、その本は美章の歴史書であるらしかった。

「これなんかどうですか?」

 月鵬さんに薦められたのは『竜王書』という本だった。
 巻数は二と明記されている。

「これは?」
「竜王書は世界の歴史を記した書物で、現在も、竜王機関なる秘密結社が書き記している物です」
「秘密結社!?」
「そんなに驚くような物ではありませんよ」

 私が驚きすぎたのか、月鵬さんは苦笑した。
 だって秘密結社っていうと、暗黒な感じがするんだもん。

「一時的に世界に戦争がなく、どの国にも平和が訪れていた時期があったんです。今のように休戦中でも停戦中でもなく、戦争のせの字もなかった時代が。その時に、類京(るきょう)国、今の倭和国にあった世界最大の学校(テコヤ)に各国の歴史を持ち寄って、記そうという試みがなされたんだそうですよ」
「へえ……」

「それが、脈々と今まで続いている。ということです。竜王機関に属する者は、基本的に国と接点を持たないらしいです。ありとあらゆる所にいて、歴史を記すことだけを考えて暮らしているそうで」
そうなんだ。なんか、すごいな。
「竜王書には、確か六百五十年ごろの出来事も記載されていたはずですので、一応目を通してみたらいかがですか?」

 六百五十年っていうと……魔王伝説の頃の!
 あっ、それでおすすめしてくれたんだ。

「ありがとうございます」

 早速二人で席に着く。
 月鵬さんは別の本を持っていた。おそらく恋愛小説だと思う。
 タイトルが『私を海辺で捕まえて!』だったから。……すごいタイトルだな。と思いながら、私は竜王書に目を通した。

 ペラペラとページを捲ってみると、確かに六百五十年前のことは載っていた。どんな生活だったか、どんなドラゴンや、生物が生息していたか……。

 だけど、魔王などに関係がありそうなのは一つもなかった。
 う~ん……やっぱこんなもんなのかなぁ……。

「あれ?」

 なんとなく違和感を感じた。じっと見ていると、何ページかの記述がごっそり抜けて、繋がれたような、そんな感じの繋ぎ目を発見した。

「ん~?」
「どうしたんですか?」
「あ、いえ。なんかちょっと変な感じがして」
「え?」

 月鵬さんは私の手元を覘き込む。私は月鵬さんに本を渡した。

「ここ、なんか何ページか抜けてる気がしません?」

 月鵬さんは、不意に驚いた声を上げた。

「これ、私の知ってる竜王書と違いますね」
「え?」
「私が岐附で読んだ物はもう少し先が続いてましたよ。ほんの数行ですけど」
「本当ですか?」
「ええ」

 月鵬さんは真剣な顔で頷いた。
 月鵬さんが言うには、途切れているようなところから、六百五十年前の生活ぶりが数行続いていて、文章の途中でぶつ切りにされたように終わって、次の年代へ移行していたのだそうだ。

 それもどうかと思うけど、やっぱりあるのなら読んで見たい。
 私達は、カウンターへと向った。
 今日は白髪のお姉さんは奥にいたので、別の女性に話しかける。

「あの、すみません」
「はい。いかが致しました?」

 この女性は、白髪のお姉さんより愛想が良い。
 やっぱ接客はこういう方が良いな。

「この本なんですけど、途中で途切れているようなんですが……」

 おずおずと差し出すと、女性は本を受け取った。
 そして「ああ!」と、声を上げる。

「この本は原本の巻物が紛失してるんですよ。竜王書を始めとした歴史書は、どこの国でも写しが行われていまして、原本は基本、中立国である倭和の中央管理局が保存しています。そこの原本が失われているので、我々も原本がない状態での写しになるのでこのような形になっております」

「でもこの後、数行続きますよね?」と、月鵬さんが横から口を出した。
「はい。続きますが、巻物はそこで次巻となり、それが紛失しています。なので、私どもは切りの良いところで文章を切っております」

(なるほど)

 私と月鵬さんは目を合わせた。
 何気なく頷きあう。

「そういうことだったんですね」
「ですねぇ」

 月鵬さんは相槌を打った。
 戻る途中で、真正面のウロガンドが目に入る。

「あ、もうお昼になりそうですね」
「ああ、本当だ」

 私達は顔を見合わせた。

「じゃあ、ご飯食べに行きましょうか?」
 やった! ご飯だ!