「じゃあ、何かわかったら教えてよ。それが条件ね。どう?」
「はい。了承しました」
渋々といった感じで頷いて、不満そうに唇を噛む。
「じゃあ、ぼくの書状を持って出国しなよ」
安堵したのか、月鵬は胸をそっとなでた。黒田は思わず、にやりとした。
「ただしその際、裏書はしないよ。見つかったらめんどうだからね」
黒田の予測通りに、月鵬は一変して、目をぱちくりさせる。次の瞬間頬が引きつった。
通常、書状を書くさいは、巻物ならば巻物の最後に、手紙なら手紙の裏に、裏書と言って判子や署名をしたり一筆書いたりする。それがない物は偽者とみなされる。
手紙という手法を使うのは美章だけだが、それが世界共通のルールだった。
「そんな事をして、もし見つかったらどうするんです?」
「捕まるね。キミだけが」
「巻物はどうするんですか!?」
「それはその時じゃない?」
「あなた――!」
絶句した月鵬に黒田は微笑みかけた。渾身の、優しく見える笑顔で語る。
「キミなら切り抜けられるって。もし取り上げられそうになったら、殺したら?」
月鵬は、愕然として顔を歪めた。
嫌悪感がにじみ出る。
「あなた、自国の人間を殺せなんてよく言えますね? あなたの部下かもしれないんですよ?」
「ぼくの部下は憲兵なんてやってないもん」
「……あきれた。それで良く美章の英雄なんて言われてますね。美章の村や町を幾つか回りましたけど、皆さん口を揃えてあなたのこと、英雄だ知将だって褒め称えていましたよ?」
「ハッ!」
黒田は思わず鼻で笑う。
(この国のやつらのクソさ加減も知らずによく言う)
心の中で毒づいて、挑発的に月鵬を見据えた。
「民衆なんてコロコロと心変わりするもんでしょ。キミも、この国を歩いて良く解ってんだろ?」
月鵬は真っ直ぐに黒田を見据えた。その瞳には一切の曇りはなく、軽蔑の色が混じる。月鵬は撥ねつけるように言った。
「ええ。あなたも大変だったんでしょうね」
(良い度胸してる)
感心から、僅かに口角が上がる。さすが、花野井の下に就いているだけの事はあると、顎を引いた。これで同情の眼差しを向けられたなら、黒田は月鵬を容赦なく殺していただろう。
「では、私はこれで失礼します」
「あ、怒っちゃった?」
「いえ。別に」
明らかに不快そうにしながら、月鵬は歩き出した。
玄関に向う。その背に、黒田は楽しそうに話しかけた。
「キミって案外青臭いんだねぇ。自分だって戦場に出て殺したくちだろ?」
(今更正義面かよ)
侮蔑を察したのか、振り返った月鵬の表情は僅かに感傷に歪んだ。だが、次の瞬間、憤怒の感情が湧くのが見て取れた。しかし、月鵬は怒りを抑えてにこりと笑う。
「では、書状の件お願いしますね」
「そっちも報告よろしくね」
玄関のドアがゆっくりと閉まって行く。黒田は明るく声を放った。
「報告、裏切ったら、ぼくの名を語ったって国際指名手配にするからね!」
ドアが閉まる刹那、その隙間から月鵬の唖然とした顔が覗いた。黒田は腹を抱えて笑い出す。ドアの向こうから、月鵬の短い罵声が響いた。
(いやぁ、人をからかうのって、楽しいね)
黒田は目の端に溜まりつつあった涙を拭った。