* * *

 月鵬さんを家に招待すると、外観を見て彼女は目を丸くした。

「黒田様は、随分と謙虚な方なのですね」
「やっぱり、三関がこういう家に住むのはおかしいんですか?」

「え?」
「私も初め見た時、ちょっと驚いたんで」
「ええ……そうですね。あくまで岐附の話ですが、昇進する度に家を変えて行く人が多いです。ここは……その、百兵長が住むくらいのお家ですね」

 遠慮が感じられる口調だ。

(もしかしたら、本当は百兵長より下の人が住むくらいのレベルなのかも)

 まあ、私は住めればどんなとこでも良いと思うけどね。ゴキブリが出そうなところ以外は!

「それにしても、意外だわ」
「え?」

 ぽつりと呟いた声に反応すると、月鵬さんは一瞬「聞かれたか」というような表情をして、苦笑した。

「黒田様って、なんというか……プライドが高そうなので、お家もそれなりに豪華なのかと……」

 ああ。確かに。

「私も、それ思います。ちょっと意外ですよね!」
「ですよね!」

 意外なところで意気投合して、わっと盛り、そのまま家に入るとお茶を出す暇もなくお喋り大会が始まった。
 みんなは無事だろうか? から始まって、世間話まで。それこそ色々。
 ちなみに月鵬さんも何故美章にいたのかは、分からないようだった。

「そういえば、私、今図書館に通いだしてて」
「へえ。それはまたどうして?」
「帰るための手がかりがないかと思って。でも、やっぱり異世界の記述なんてないみたいですね」

 なるべく気落ちに見えないように、明るく言ってみる。

「そうですね。異世界ですからね」
「そうなんですよねぇ……あ、でもなんか一冊だけあるみたいで」

「へえ! それは良かったですね。何か分かるかも知れませんよ?」
「でも閲覧できないんですよ」
「どうして?」

 月鵬さんは首を傾げた。
 きょとんとしてても美人さんだな。

「入国証がないとダメって言われちゃって」
「あ~あ……」

 月鵬さんは納得した声音を出した。
 やっぱどこの国でもそうなのか。

「入国証ってようは身分証明ですからね。生まれた時に国から発行される物なんですよ」
「へえ、そうだったんですか」
「ええ。もちろん、出生届を出されていなければ受け取れないんですけど。永や爛では入国証がなければ働けないところが多いと聞きますよ」
「へえ……」

「それで爛では問題になった事があったとか。なんでも、労働につけない者達がデモを起こしたそうで。戦争で家をなくして、そのまま入国証を失くした人達もいましたし。山賊などに生まれると、出生届なんてまず出されませんからね」
「……そうなんですか」

 大変なんだな……。

「そういえば、美章でも、ここ凛章では入国証がなければ働けないんでしたね」

 思いついたようにそう言って、月鵬さんはお茶を啜った。

「そういえば、そうでしたね……確かに」

 私は思わず苦笑した。
 今、私、他人事じゃないんだった。
 入国証手に入るかなぁ……。翼さん、無事に帰ってきてくれると良いけど……。

「盗まれる人も多くいますね。そういう場合は大概殺されてしまいますけど」
「え!?」
「入国証って高く売れるんですよ。だから盗賊とかが盗んで殺してしまうんです」
「え、でも……別に殺さなくっても」

 私が戸惑っていると、月鵬さんはきょとんとした顔をした。

「入国証って、大きな町に入る時に確認されるんですよ。だから、盗んだだけだと盗難届けを出されて、門で発覚して捕まってしまうんです。そうすると誰も買わない。だから暗黙のルールとして、入国証の購入時には、入国証の元の持ち主は死んでいる事がルールなんです。それを利用して、死んだ家族の入国証を売る者もいるくらいで」

(すごいことをあっさりと言う人だな……)

 呆気にとられていると、月鵬さんは苦笑した。

「不愉快かも知れませんが、この世界では常識です。谷中様も、もし入国証が手に入って、旅をする際などは気をつけるんですよ」
 と、軽く注意されてしまった。

(そっか。気をつけよう)

 そう思って、ふと顔を上げるとウロガンドが目に入った。

「いけない! もうこんな時間!」

 時刻は五時半を指していた。
 もうこんなに時間が経っちゃってたんだ。

「どうしたんですか?」
「買い物に行かなきゃいけなくて」
「ああ、そうだったんですね。……じゃあ、私はおいとまを」
「いえ、そんな! 夕食食べて行って下さいよ。出来合いですけど」
「……そうですか? じゃあ、お言葉に甘えて」

 月鵬さんは遠慮がちに言って、付け足した。

「ついでに、黒田様がお戻りになるまで待たせていただけますか?」
「はい。大丈夫ですけど」
(何かクロちゃんに用があるのかな? 一緒に夕飯買いに行きたかったのに……)

 私は残念に思いながらも、月鵬さんを残して買出しに出た。