「おねえさん。俺達と遊んでよ」
「後悔はさせねぇって、な?」

 狐顔の男が言って、スキンヘッドの男がもう一人に促した。刈り上げの男は頷く。

「いい加減にして下さい。私は急いでると言ってるでしょ。そこを退きなさい」

 強めの口調で女の人が声を張った。

(誰か呼んだ方が良いよね)

 きょろきょろと辺りを見回すけど、誰か通る気配はない。

(お店か大通りに戻って、誰か呼んで来よう)

 そろりと足を後退させたとき、スキンヘッドの男が脅すような声音を出した。

「おとなしくしてくれりゃ、ひどい目にはあわねぇって、な? ねえちゃん」

(うわぁ~……私が女の人の立場だったら、絶対すくんでる。やっぱり誰か呼ぼう)

 お店に駆け込もうと、振り返った時だった。

「はあ……」

 呆れ果てたようなため息が聞こえた。

「ホンット、めんどくさい!」

 向き直った私の目は信じられないものを捉えた。
 男三人が、何故かもがき苦しんでいる。自分達の首を掻き毟り、何かを取ろうとしていた。そして、そのうち三人は泡を吹いて倒れた。

(なにが起こったの?)

 混乱しながら目を凝らすと、男達の首には細い金糸の糸が絡み付いていたように見えた。

「まったく。手間かけさせないでほしいわ!」

 憤慨しながら彼女はフードをとる。
 鮮やかな金糸の髪が揺れた。
 美しく流れる髪、白い肌、もしかして……!

「――月鵬さん?」

 驚いたようすで振り返った彼女は、紛れもなく月鵬さんだった。

「ゆりちゃん? キャア! 元気だった!?」
「はい。元気です!」

 歓喜に沸きながら走ってくる月鵬さんは、明るくて、元気で、なんだか別人のよう。特に喋り方が。
 私が戸惑っている間に、月鵬さんは私が知ってる月鵬さんに戻った。

「良かったです。心配してたんですよ」

 大人びた感じで、にこりと笑う。
 もしかして、さっきのが本当の月鵬さんだったりして。

「あの、あの人達どうしたんですか?」
「ああ、大丈夫。死んでませんよ。気絶しただけです」

 良かった。人殺しの現場を目撃したんじゃなくて。そんなの見ちゃったらトラウマもんだよ。

「いつからこの町に?」
「今日です」
「入国証持ってたんですね。良かったです」

 私が笑いかけると、月鵬さんは苦笑を返した。

(ん? 持ってたんじゃないの? じゃなきゃ入れないはずだよね?)

 私が首を傾げると、月鵬さんは、「まあ、そうですね」と、にこりと笑った。
 持ってたってことで良いのかな?

「谷中様はどうしてこの町に?」
「私はこの町の近くで目覚めたんですよ。クロちゃんと一緒に」

 月鵬さんが一瞬、口の中で、「クロちゃん?」と自問する。
 あ、そっか。私がクロちゃんって呼んでるの知らないのか。

「――黒田様と?」

 当たりをつけたのか、月鵬さんが尋ねた。

「はい」

 私が首を縦に振ると、月鵬さんは若干驚きながら、「へえ……」と頷いた。

「月鵬さんは今までどうしてました?」
「私は、美章の緋梓(ヒシダ)という村のはずれで目覚めました。それから、二週間くらいかけてこの町へ」

「へえ、大変でしたね」
「いえ、そうでもありませんよ」
「これからどうするんですか?」

 月鵬さんはちょっと困った顔をした。

「岐附へ帰ろうとは思っていますが……」と、言葉を濁す。

 入国証は持ってるようだし、お金でも足りないのかな?

「……とりあえず、家に来ませんか?」
「え?」
「って言っても、クロちゃん家なんですけどね」

 私がわざと冗談ぽく言って舌を出すと、月鵬さんは目元を優しく細めた。

「では、お邪魔させていただきます」