* * *

「聞きました?」
「なに?」
「赤井シュウが、赤井セイの介錯を務めるそうですよ」
「……ふ~ん」

 自宅のソファに腰掛けながら、黒田は興味なさ気に相槌を打った。
 内心では複雑な思いがあったが、それを表に出さない黒田の心情を見抜いて、翼はシンディを撫でながら、わざと軽めな声色で告げた。

「セイの奥さんは離縁届けを出して、実家の貴族の家に帰って、赤井家の財産も国に没収されたのに、赤井シュウは母親の姓も名乗らず、あくまで赤井として生きていくそうですよ。もう赤井も分家がないので、正式には名乗れないらしいっすけどね」
「……だから? それがぼくに何か関係ある?」

 むすっとした瞳を向ける黒田に、翼は素直じゃないなぁと思いつつも、ありませんね、と首を横に振った。

「それにしても……功歩軍の三条部隊。隊長言ってましたけど、何か変だったすね。それに、まあ……三条の〝あの人〟処刑されて残念だったっすよね」
「……」     

 翼の呟きに、黒田は答えなかった。
 表情からは是が読み取れたが、黒田は何も言わない。
 そこに、ノック音が響いた。
 買い物に出ているゆりかと思いあたって、黒田が玄関を開けに行く。
 しかし、そこに立っていたのはシュウだった。
 少しバツが悪そうにするシュウを、黒田は迷惑そうな顔をして迎えた。

「なんの用?」
「報告を、と思って」
「なんの?」
「俺、国を出るよ。爛の貴族令嬢に、色んな国の礼儀作法を教える家庭教師を募集しててさ、受かったんだ」
「ふ~ん……令嬢に手を出してクビになるんじゃない?」

 黒田の皮肉に、シュウは声を上げて笑った。
 それはそうかもなと笑って、でも――と続けた。

「帆蔵がついて来てくれるって言うから、大丈夫だろ」
「帆蔵さんも大変だな。こんな坊ちゃん見捨てたら良いのに」
「ひどいな!」

 シュウはむくれて見せて、優しい目つきをした。

「帆蔵は俺が子供の頃から面倒見てくれてるからな……」
「それに甘えてばっかいると、本当にいつか見放されるぞ」
「気をつけるよ」

 黒田の忠告を、シュウは素直に受け止めた。

「じゃあ、これで」

 名残惜しそうに言って、シュウは踵を返した。
 歩き出すシュウの背中に、

「気が向いたら手紙でも書けば?」

 黒田のぶっきらぼうな声が飛んできた。
 シュウは驚いて振向く。

「書いて良いのかい?」
「……書きたければ書けば良いんじゃない? ぼくは返事は出さないけどね」

 黒田はつっけんどんに言って、視線をそらした。
 そんな黒田に、シュウは笑んだ。

「じゃ、気が向いたら書くよ」
「好きにしたら?」

 最後までつっけんどんな黒田に、シュウは堪えきれずに笑い出した。

「なんだよ!?」
 吠える黒田を、片手を上げて制止し、シュウはひとしきり笑ったあと、

「相変わらずだな。――絶対書くから心配するな」
「はあ!? 誰がそんな心配したわけ!?」

 黒田は吠えながら、フードを深く引っ張った。

「ほら、図星だ」
「誰が!?」
「ちょっとぉ、あんまり人の隊長からかわないで下さいよぉ」
「お前まで出てくんじゃねえよ!」
「あっ、痛い!」

 黒田の背後から拗ねた声を出した翼に、膝蹴りを食らわす黒田。そしてそれを爆笑しながら見やるシュウ。
 平凡な日常が青空に木霊する。