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父が連れ去られた家の中で、数日シュウは考えた。
だが、次第に埒が明かなくなって、シュウは屋敷を飛び出した。
向った先は、父の留置所。
薄暗い牢屋の中で、父は小さくなって膝を抱えていた。
シュウを見つけるや否や、赤井セイは鉄格子に飛びついた。
「シュウ! 私の無実を信じてくれるな!?」
懇願する父は、無精ひげを生やし、頬がコケ、別人のようにやつれて見えた。
シュウはかわいそうになって、信じます――そう声高に叫びそうになった。
その時だ。
怖い顔をした警察(サッカン)が二人やってきて、鉄格子に埋め込むように黒い布をかざした。
「これに見覚えはあるな?」
「いや……ない」
「とぼけるな! お前の別宅にあったものだ!」
「……」
押し黙るセイに警察は怒声を浴びせた。
「お前の別宅の地下牢に、少女が幽閉されていた! 可愛そうに、全身傷だらけで……お前はよくもあんな事が出来たものだな!」
「これは、彼女の隣で死んでいた女性が身に着けていた物だ! 良く見ろ!」
もう一人の警察が叫んで布を奪い取って、セイに投げつけた。
セイの顔に当たった布は音も立てずに滑り落ちた。
それを戸惑いながら、手を伸ばしてシュウが拾い上げた。
途中でセイが制止しようと声を上げかけたが、結局声にはならなかった。
初め見たときは、黒い布だと思っていたが、よくよく見てみるとその布は、赤黒かった。
白い生地だったものが、赤黒い液体で染まった物だとすぐにわかった。
その色の正体も、なんであるのかシュウは悟った。
――これは、血だ。
「では、父上。あの時、五人の功歩人の女を殺したのは、父上なのですね?」
「なっ、なにを言う!」
「何故、黒田が俺に話さなかったのか分かりました。俺がそれを知れば、哀しむから。だから彼は汚名を被ったんだ。それなのに、俺は裏切られたような思いで、白星だと彼を罵ってきた」
目を見開くセイから目線を外す。
俯いた頬に涙が一滴零れた。
「父上、貴方は黒田に何か酷い事をしたんですね?」
「……」
絶句するセイを、今度は毅然と見据えた。涙が頬を弾く。
「父上。俺は貴方が冷たい人間じゃないかって、どこかで解っていました。解らない振りをしていただけで……」
「父を愚弄するか!?」
「……貴方はずっと黒田が羨ましかったんだ。黒田の才能、黒田の名声、全部全部、貴方が欲しかった物だ」
「お前になにがわかる!」
「解るよ。息子だから」
毅然とした態度を崩さないシュウに、セイは項垂れた。
父の想いが、シュウには深く理解できた。
それは、シュウにとっても同じだったからだ。
分家の出ということで、本家には馬鹿にされたように扱われ、特出した才もなく、武に疎く、あるのは金と少しの権力だけ。
戦場に出ると嫌でもわかる。
自分の才能のなさが。
体力も平均、能力もなく、金とコネで地位に就いても、兵を動かす頭もない。
平凡で凡庸な自分。浮き彫りになる、自分という人間の立ち位置。
自分はここに居て良い人間ではない――ゆえに、黒田の才にシュウは惹かれた。
シュウは凡庸な自分を受け入れた。自分にあるもの、金とコネで生きていこう。名声は望まない。そう決めていた。
しかし、セイは違った。
凡庸な自分が許せず、名誉と名声を望んだ。
才が欲しかった。誰でも思う事だ。何か、才能が欲しい。
一つでも、自分を認めて欲しい。
結果、セイは黒田を嫉んだ。
欲しい物全てを彼は持っているように見えた。
白星であることも、その生い立ちですらも羨ましいとさえ思った。
それがあるから、輝けるのだと。
嫉ましい。恨めしい。だから、焦がれた。
美しいとさえ思った。
お前の全てが欲しい――それは劣情によく似ていた。
セイは膝を抱えた。
自分は何も手に出来ずに死んで行くのか、何も残らず、消えて行くのか……。
膝を抱えたまま動かないセイに、シュウは静かに告げた。
「おそらく父上は死罪になるでしょう。その時は、俺に介錯をさせて下さい」
やつれた瞳が、シュウを見つめる。
「貴方には、俺がいる。この世に残るものはありますよ。父上」



