おそらく赤井は、のらりくらりと言い訳をし、責任をとらせる事は出来ないだろうが、若干有利には立てるはずだ。
 翼は直感した。
 何かあったのだ。
 だが、それを直接問い糺して「はいそうです」と真実を語るような人間ではない。翼は、
「では、何もしないんすね?」
 と、確認だけした。
「……」

 ろくは何も言わず、ただ小さく頷いた。
 あえて、汚名を着るのか――らしいっちゃらしいが、どうにもな。と、翼は歯痒い思いがした。

 翼はそのまま会釈をして天幕を出た。
 そしてその脚で、赤井セイの部下の天幕へと向ったのである。
 翼は寝息を立てている部下の男の喉下に、ナイフを押し当てた。その瞬間、男はハッと目を覚まし、叫びだしそうになったが、翼に口をふさがれた。

「ちょっと訊きたい事があるんだよなぁ」

 翼は、にっと笑って鈍く瞳を光らせた。
 男は、ガチガチと歯を鳴らし、うんうんと小さく頷いた。翼は男の口を塞いだ手を外した。

「赤井セイがうちの隊長になんかしたみたいなんだけど、知ってる?」
「……」
 男はごくりと喉を鳴らし、自分の首に食い込んでいるナイフを見やった。
「多分、多分だけど――襲ったんだと思う」
「襲ったって、どういう襲う?」
「強姦の方……」
「――ご!?」

 絶句する翼に、男はへらっと口元を引きつらせた。
 苦笑しながら、言葉を続ける。

「赤井様は、ご子息ですら知らないが、ああいう生意気なのをヤるのが好きなんだ。男女関係なくな。でも、ろく関はある意味ラッキーだぜ。女だったら別宅の地下牢に連れ込まれて、散々いたぶられて、拷問されて死んでるよ」

 翼の片眉がぴくりと跳ねて、表情が消えた。

「お前も参加したか?」
「いや、俺達は先に返されたから……」
「素顔は見たか?」
「え?」
「隊長の、素顔は見たかと訊いた」
「……見てない」
「そうか……」

 平坦な声音に、男は首を傾げた。
 その途端、喉がじんわりと熱くなり、どっと赤黒い液体があふれ出した。

「ぎゃふっ、げっ――!」

 バタバタと手足を動かして、切られた首を押さえたが、手の隙間から血液がどんどん溢れ出てくる。

「ヒュウ……ヒュウ……」

 かろうじて息をする男を、翼は冷たい視線で見下した。
 そして、指をパチン! と弾いた。
 その途端、翼の影が歪んだ。
 ぐにゃりと曲がり、影に波紋が広がり、角のような物が陰から覗いた。一瞬の間をおいて、何かが影から飛び出してくる。

 男は眼を見開く、叫びだしたかったが、喉が切れていて声にならなかった。
 影から躍り出てきたモノは、醜悪な姿をしたドラゴンだった。

「食って良いぞ。絶壊(ゼッカイ)」

 絶壊と呼ばれたドラゴンは、にやりと顔を歪め、べろりと舌なめずりをして、男の腕を噛み、影の中へと引きずっていった。
 男は顔を歪め、叫べない喉で必死に叫びながら、闇の中へと消えていった。