赤井シュウとの出会いは、ぼくが百兵長に就いて数ヶ月後の事だった。
 功歩軍の侵略も少しだけ落ち着きを見せ、王都凛章に待機していた部隊で合同演習をすることになった。

 ぼくは百兵長指揮官という立場だったが、赤井セイに指揮官は指揮される側の気持ちも知らねばならんとか変な理屈を捏ねられて、そっち側にまわされた。
 なんだかんだ言ってたけど、ようは見裂ヶ原の戦いでのぼくの活躍が気に食わない。そういう理由からだろう。

 散々な目には遭ったが、のらりくらりとかわせるものはかわしていたし、無理難題を完璧にこなすという嫌がらせもしていた。

 にっこり笑顔で、それとなく皮肉も返してたし、赤井セイはなんだかんだで、それに気づくぐらいの頭は持ってたから、ぼくに言われて言い返せないのを見るのはそれなりに楽しかったし、きちんとフォローも入れて、極限まで機嫌を損ねない工夫もしてた。
 だけど、ある程度の頭を持たない男が居たんだ。
 
 演習に参加していた赤井シュウはあろうことか、ぼくに深く同情し、父親に進言した。
 赤井セイの憂さ晴らしはそれで止んだが、ぼくの心は嫌がらせを受けていた時以上に荒んだ。
 あの場に居れば、ぼくが赤井セイをなんやかんやで、あしらっている事くらい分かったはずだ。
 実際そう見ている兵士も多く居た。

 なのに、あの坊ちゃんは鈍いんだ。
 勝手に同情されて、庇われて……。
 あんな坊ぼんに、同情されるなんて……ありえない!
 屈辱だ。
 マジむかつく!
 ぼくは、赤井シュウが大嫌いだった。
 友達? アニキ? ――冗談じゃないね。

「クソッ!」

 ぼくはぽつりと吐き捨てて唇を噛んだ。
 天幕から出ると、功歩軍はまだ粘りを見せるようだった。
 ここから反対側の丘に陣をとり、翌朝の開戦、もしくは夜襲に備えているようすが窺えた。 
 ぼくにとってはラッキーだったが、それから間もなくして朱色の空が輝く頃、陽光に照らされて翼竜隊が空を駆けてきた。

「……クソ」
 ぼくが苦々しく呟くと、翼が横で苦笑した。
「あららぁ……ホントに来たんすね」
「……チッ!」
「舌打ち、良くないっすよ。引っ込めて、引っ込めて」
「うるせえなハゲ。わかってるよ」
「ハ……ハゲじゃないです~! これは剃ってるんすよ!」
「どーでもいいわ!」

 ぼくがぴしゃりと突っ込むと、翼は涙目で自分の頭をなぞった。
 そして、やつが旋回しながら降りてきた。

「お父様!」

 赤井シュウが、目を輝かせながら父の元へと駆けて行く。
 降り立った軍に、何事かと辺りはざわついた。

「久しぶりだね、ろく君」
「お久しぶりです。赤井〝三関〟」

 奴は東條死後すぐに三関の座に就いた。
 まるで、待ってましたと言わんばかりの速さだった。
 きっと病床の東條を見ながら虎視眈々と椅子を狙っていたんだろう。
 本当に親子揃って、吐き気がするほど大嫌いだ。

「双陀殿も久しぶりだな」
「はい。お久しぶりです」
「ところでだね、ろく君」
「……はい」
「これは、提案なんだがね。私は今手が空いておるのだよ。兵がいるならお貸ししようか?」
「……」

 ぼくは笑顔が張り付いたような、見事な愛想笑いを返した。
 この申し出は、つまりは、「俺に指揮をとらせろ」そう言っていることだ。

(またか、この陋劣野郎が!)

 内心で、ぼくは赤井セイを侮辱した。