戦績は初戦を除いても、五勝0敗。
 その五勝全てで、功歩軍を追い込んで、追い込んで、功歩軍が恐怖と絶望しか抱かなくなる――そういうやり方をしていた。

 美章兵の中から、ちょっとやり過ぎじゃないかという声が上がった時もあって、同じ美章兵に反論されて、大喧嘩に発展した時もあった。

 その時のぼくは我冠せず状態で、そんな風に思うなんて、きっと彼らの故郷では功歩に攻め入られた事がないんだ。
 大切な人を殺された事がないんだろう――そう侮蔑した思いでいた。

(さて、どう追い込もうか……)

 思案を開始させた瞬間、明るく、品のない偉そうな声が、それを邪魔した。

「これで勝利は確定だな!」

 ぼくの思考を打ち払い、天幕へと進入してきたのは、この戦で百兵長になったばかりの、赤井シュウだった。
 赤井セイの息子だ。
 その後ろには随従の帆蔵がいる。
 ぼくは、うんざりした心持で赤井ジュニアを見つめた。

「やあやあ、ろく君。此度はすごかったね!」

 不遜に言いながら、奴はぼくの肩を軽く叩いた。
 ぼくは、片眉を吊り上げながら奴を見据えた。
翼も不愉快そうに鼻をぴくりと動かしたけど、あくまでも冷静に、そしてにこやかに告げる。

「関にその態度は如何なのでしょうかね?」
「いけない?」
「いけないわけではないですけど、赤井家の品性を疑われますよ」
「そうか。気をつける」

 赤井シュウはまったく心に留めた様子はなく、あっさりと返事を返した。
 翼はまた不快そうだったけど、今度は何も言わなかった。
 ぼくは貴族の世界がどんな物かは知らない。
 でも、双蛇家より赤井家の方が格上なのは知っていた。と言っても、上なのは赤井セイの分家ではなく、本家の方だ。

 しょせん赤井セイも赤井ジュニアも、本家を継げなかった者だ。
 文官ではないとは言え、一応双蛇家を継いでいる翼の方が格としては上だ。
 だが、それでも、貴族の世界は複雑で面倒らしく、揉め事を起こさないのが一番なんだろう。
 翼は、赤井親子が出張ってきても、波風が立つような事は滅多に言わない。

「ろく君、これから父がやって来るそうなんだよ。お出迎えよろしくね」
「……わかりました。心得ておきましょう」
「うん! よろしくな! 今度はいじめられても庇ってあげられないからな!」

 そう茶目っ気たっぷりに言って、ジュニアはウインクして出て行った。

(なにが、いじめられても庇ってあげられないだ!)

「申し訳ございません。シュウ様が大変失礼な事を」

 もうちょっとで、怒りに任せて椅子を蹴倒すところだったけど、残っていた帆蔵が深々と頭を下げてきたことで踏みとどまった。

「別に」

 ぼくは歯軋りしながら、座りなおした。

「あの方は、友達が居られないので、ろく様とお友達になりたいのだと思います。兄弟もおりませんし、なんというか、アニキ風を吹かせたいのだと思うのです」

 ぼくは、深いため息を吐いた。
 なんだそれ。
 別に、どうでも良いよ。

「はっきり言って、そういうの迷惑」
「……分かっております」

 ぼくは、帆蔵に向って手を振った。
 出て行けの合図だ。
 帆蔵はもう一度深く頭を下げて天幕を出て行った。