「今回の戦、ぼくが全て指揮をしていたと皆に告げて欲しい」
「……どういうことだい?」
「弘炉に頼んで、東條に化けて貰ってたんだ。ぼくが指揮したんじゃ、全軍は動いてくれないからね。ぼくはまだ小さいし、名も武勇もあるわけじゃないから。だから、本当はぼくが指揮をしていたと言って欲しい」
「……わかった。そう告げよう。だが、ろく」
「ん?」
「――なにか、後ろめたい事をしたわけではないね?」
ろくには、東條の言わんとする事がわかった。
そもそも、ろくが皆に告げて欲しいと言ったのは、捕虜と死体損壊の件にある。
あの件で、功歩は美章に恐れをなした。という事は、列国にも声高に叫ばれる事になる。
美章には、残虐非道な者がいる――と。
おそらく、自軍が恐れた事は伏されるだろう。
美章には、野蛮人がいるという部分のみが注視される。
そしていずれは、功歩において〝美章は悪である〟だから、〝攻め滅ぼす〟という代名詞になる。
東條をその代名詞にさせるわけにはいかなかった。
だからろくは、欲しくもない武勇を望んだふりをしたのである。しかし、東條はそうなのではないかと懸念した。だから、訊ねたのだ。
もしそうであるのなら、この老いぼれが喜んで非道の名を受けようと。しかし、もし、そうでないのなら、ろくに名誉を与え、職を与えてあげられるチャンスでもあった。
だから、東條はろくの返答を信じようと決めた。
ろくは笑った。
「うん。後ろめたいことはしてないよ」
「そうか……なら良い」
東條は笑んだ。
ろくの嘘を見抜けない東條ではない。
だから、東條は心底安心して笑んだ。
ろくは今、本当の事を言ったのだ。
自身の心に疾しい事は何もなかった。
丹菜の事も、捕虜のことも、少しも後ろめたくなどない。
そもそもそんな所に、ろくの情は存在しなかった。
ろくが情をかけたのは、東條ただ一人だけだ。
その東條が汚名を着ずに済むのだ。
後ろめたいはずがない。
翼は、そんな二人を見守った。
やがて、ろくが厠へ行くのに席を外した。翼はなおも息を殺していたが、
「翼、いるね?」
「!」
突然名を呼ばれて、肩を振るわせた。
苦笑しながら、物陰から出る。