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功歩軍撤退の知らせを聞いて、美章軍は大いに湧いた。
斥候より、援軍も進路を変えて帰還するようだと報告が上がった。
ろくは、三関用の天幕へと急いだ。
床には、簡易ベッドが敷かれ、そこに東條は横になっていた。
寝息があり、呼吸も整っている。
ろくは、安堵の息を漏らした。
「……ろくか?」
しわがれた声が鼓膜を揺らした。
東條の声だった。
顔を上げると、東條が目を開けていた。
ろくは東條に駆け寄ると、その手を握った。
「心配かけたな」
「ううん」
「……戦況は、どうだ?」
「大丈夫。功歩軍は撤退したよ。東條の部隊も、死傷者は極端に抑えられたと思う」
「そんなところまで、気にしてくれたか」
東條は驚いて目を見開いた。
ろくにしてみれば、美章兵はただの駒だ。効率よく使えればそれで良い。しかし、東條は兵を愛する人だ。
それを知っていたろくは、今回の戦場で東條が哀しむ兵の扱い方はしなかった。
例外があるとすれば、捕虜を切らせた者達と、丹菜だけだろう。
「まあね。ぼく天才でしょ?」
「ああ、天才だ! 良く出来た息子だ!」
東條はそう褒めて、ろくの頭をなでた。
「兜も被っているのか?」
「うん……まあね」
ろくは苦笑した。
それを見て、東條は軽く笑んだ。
「頭に触れたいな」
「……」
ろくは渋々、フードと兜をとった。
ついでに頬当も除く。
東條は、ろくをまじまじと見た。
その視線は久しぶりに会う愛息子を愛でる目であった。
そして、ろくの頭を優しくなでる。
「やっぱり、お前の髪はさらさらしているね」
「若いからね!」
「ハハハッ、そうだな!」
微笑み合う二人の背後に、影があった。物陰に隠れている男の姿。――翼である。
翼は二人の様子を見て、色々と得心できる事があった。
何年か前に伯父は、別荘に出向く事が増えていたし、その事を何やら楽しみにしていた。いつからだったか、気が沈んでいる時があった。その時に、二人に何かあったのだろう。そして、今、再会と言うわけだ――と、翼は一人で頷いた。
(それにしても、あの少年が白星だとは……意外なような、頷けるような……)
翼は心の中で呟いて、二人の顛末を見届けた。
暫く楽しく語らっていたろくが、東條にシャンとした面持ちで向き直った。
「お願いがあるんだ」
「なんだ?」



