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ろくは功歩に恨みが少ない者に、捕虜の肉体を削がせた。
美章兵の中に、功歩に完全に恨みのない者はいなかった。何かしら好くない思いは持っていたから、恨みの少ない者を探すのに手間取ったくらいだ。
どうして恨みの強い者にやらせないのか? と言う翼の純粋な疑問に、ろくは薄く笑んだ。
「そういう奴がやると、やり過ぎる。殺しちゃったりしたら、目も当てられない」
ろくは、執行する者に強く命令はしなかったし、どこをどうしろと言う指示も与えなかった。
だから恨みの少ない者は、自然に相手に手心を加える。
あくまで、自分の意思で執行してるんだという意識をどこかに持たせるようにしていた。
人は、誰かのせいだ、自分は決して悪くないと思うとき、残酷な事をやってのける事が出来る。
だから、あえてろくはそうさせないようにした。
そうする事で、極限の状態の中にあって、虐待される側はそれを優しさだと勘違いする。
酷い事をされた後、ごめんねと泣かれれば、少なからず相手はその者を許そうという気になるものだ。
謝られなかったとしても、顔が苦痛に歪んでいれば、ああ、この人も苦しいのだと思う。
しかもそれが紛い物ではないのだから、相手がそう受け止めるのも必然的とも言える。
しかし、人間とは恐ろしいもので、慣れてくると簡単に情を捨てる。
恨みの少ない者は最初のうちは、無防備な相手を傷つける事を拒み、なるべく相手に支障がない部位を狙って切り落とした。
しかし、何回かやらせると、執行する者は罪悪感が麻痺し、相手に同情の念を抱かなくなる。
そして、気遣う事もせず自分が切りたいところを切るようになる。
それが面白いという者もいて、途中から、一人につき、捕虜二人までと、限度を決めた。
翼はろくを窺い見た。
この少年は、嬉々として死体を切り刻んでいる者達と、同じ目をしていると翼は思った。
暗く、沈んだ。しかし、奥で憎しみが鋭く光るそんな瞳だ。
もしもろくが捕虜を傷つけても、捕虜は恨みを増しただけだろう。
翼は少年の過去に何が遭ったのだろうかと、興味が湧いた。
そうして、哀れな捕虜を朝が来るまで功歩陣営に送り続けた。
その数は二十人に満たないが、翼はどっと疲れた思いがしていた。
ろくはこんな事をして、虚しくならないのだろうかと翼はろくを窺い見たが、頬当で隠された表情からは何も読み取れなかった。
この時のろくの心には、なんの小波も立っていなかった。
憎いと思う功歩人をどうこうしても、楽しい思いにはならなかったし、かと言って、嫌悪がなくなるわけでもなかった。
この、ぽっかりとしたなんの感情も湧かない想いを、空虚、虚しいと呼ぶのだと、ろくは知らない。
ただ、片隅に、いつも憎悪の紅い炎が上がっていた。
心の中心に黒いぽっかりとした穴。
心の隅に、紅い怒りの炎。
ろくの深層は、ぐちゃぐちゃだ。
早く終わらせて、東條を病院に運ぼう。
それだけが、唯一彼の中での光であった。
そのための、今回の作戦である。
これで、功歩軍は引き上げるはずだ――と、ろくは確信めいたものを持っていた。
そして、見事に功歩軍は引き上げて行ったのである。



