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 捕虜は片手の人差し指がない姿で帰還した。
 応急処置はされていたものの、捕虜が運んできた荷台には乱暴に詰め込まれ、バラバラにされた死体が山積みにされていた。

 功歩軍は怒りに震えた。
 しかし、捕虜は言った。

「案外、美章兵は良い人だ」

 功歩兵は、唖然とした。
 正気をなくしたのかと疑ったが、そういうわけでもなさそうだった。
 酷い目に遭わせられるかと思ったが、こんな事で済んで、功歩軍にも帰る事を許された。自分はツイていた。
 そう語った。
 
 そんなわけがないだろう! 功歩兵は心の中で嫌悪した。
 それを実際に言葉にした者もいたが、捕虜はかぶりを振った。
 功歩兵は、それが一番恐ろしく感じられた。だが、仲間を酷い目に合わせやがって! と、功歩兵は怒りに震えた。
 しかし、それも徐々に、恐れへと変わっていく。
 
 次ぎ次に、同じような捕虜が帰ってきたのだ。
 そして、同じような事を言っていく。
 その度に増える死体。
 その度に、増す捕虜の傷の醜さ。
 最初の者が指、次の者が左腕、次の者は両耳。
 次の者は鼻を削げ落とされて帰ってきた。
 そしてそれは、まだ続いた。
 それでも、捕虜は言う。

「美章兵は案外良い者達だ」

 それが朝方まで続き、功歩兵は美章に恐れしか抱かなくなった。
 きっと美章には魔物がいるんだ――と。
 そしてその日、開戦の兆しはなかった。
 早朝、夜が明けきらぬ前に、援軍の到着を待たずに功歩軍は撤退したのである。