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 応接間にいた三人は、入るや否や、すぐにその部屋を出た。
 誰にも見つからないように移動し、地下へともぐりこんだ。
 
 暗い闇へと続く階段を下りた先に、一つの扉がある。月鵬が懐から金色の鍵を取り出し、鍵穴に突っ込んだ。
 ガチャッと僅かに音がして、扉は開かれた。
 扉の中の部屋は、十畳ほどの広さで、壁沿いは全て、棚や物で囲われたいた。中央には古びたテーブルがあり、椅子は一つもない。

 部屋の明かりは、テーブルに置かれたカンテラのみで、決して明るいとは言えなかった。
 その前に、一人の男が立っていた。
 カンテラの灯に妖しく映し出された男は、ニッと笑って、からかうような声音を出した。

「よう、遅かったな」
「あら、ごめんなさ~い。お菓子屋さんが込んでたのよ!」
 冗談を返して、鉄次は笑いながら、数本の巻物を突き出した。

「けんちゃん、どれが良い?」
 差し出された巻物を、花野井は適当に選んで手に取った。

「んじゃ、これかな」
 ニカッと笑い合う二人に、ため息をつきながら月鵬は入室した。その後を、ブスッとした表情で亮が続いた。
 扉が閉じられると、いっそう部屋は暗くなった。

「で、収穫は?」
「今回は情報集めが必要だったんで、部下達を多く使いましたよ。問題ないでしょ?」
「ああ。特殊部隊(おまえたちの)の部下だったら問題はない」

 特殊部隊。通称・暗部は、岐附では花野井の軍にのみ存在する部隊で、花野井に全指揮権が渡されていた。
 しかし、それは表向きであり、花野井はこの指揮権を月鵬に一任していた。

 暗部は、通常の花野井部隊とは切り離され、隔絶された部隊であり、表に出ることは決してない。
 戦争に参加する事はなく、戦争が始まっていようとなかろうと各国に散らばり、様々な情報を収集してくる。
 諜報活動が彼ら暗部の仕事であった。
 
 このような部隊は、名を変え各国に存在している。
 ある国では、食客が、ある国では宰相直属の、ある国では王直属の、部隊の規模や、名が変わり、略全ての国に存在していた。
 しかし、このような部隊の存在を知る者は国や軍の重鎮にしかいない。

 亮は、この暗部の司令塔であり、鉄次はそれに継ぐ地位であったが、この二人が諜報活動に出かける事は滅多にない。
 亮は挙がってきた情報を元に部下に指示を出し、鉄次は挙がってきた情報を選別、纏め、報告するという職務だった。だが、実際には亮が鉄次の役割を果たす事も多かった。

 鉄次は楽観主義の快楽者であり、情報の選別が曖昧になる事がある。故に、亮が後で見返す事が多かったからだ。
 元来他人に任せておけないタイプの亮は、率先して鉄次の仕事をしていた。
 そのため鉄次は暇な事が多かったが、鉄次にはもう一つ、大好きで重要な仕事があった。

「それで、どうだった?」
 花野井は受け取った巻物を開かずに、三人に直接尋ねた。
 三人は顔を見合わせ、まず月鵬が報告をした。

「どうやら封魔書の原本を入手するのは、困難ですね。ご命令通り、無理のない範囲で挑戦してみましたが、あの三条一族に忍び込んで帰還するのは……難しいです」
「あら、あんたがダメじゃ、岐附じゃ行ける人いないじゃない」
 鉄次が軽く言って、月鵬が苦笑する。

「出来ない事はないとは思うのですが……」
「いや、いい。無理はするな。お前に死なれたりしたら、俺が困る」
「……ありがとうございます」

「けんちゃんの面倒を見れるのなんて、あんたくらいだものねぇ」
 鉄次が茶化すと、黙って聞いていた亮の眉がイラついたように跳ね上がった。

「世間話は良いから、報告だけ速やかにして下さいよ。あんまり時間かけると家の者に怪しまれるじゃないですか。俺達は応接間にいる事になってんだから」

 亮の正論を聞いて、鉄次と花野井は苦笑した。
 月鵬は「はいはい。分かりましたよ」と、少しだけ照れながら言って、続けた。