「私、北の花街で働いてたの。花野井は常連だったわ。花野井が将軍だって知って、それで色気で結婚を迫ったわけ。将軍って金持ちなのよ。だから結婚したの」
あっけらかんと話す彩さんに、私は、ああそうなんですかとしか言えなかった。
彩さんって、清々しすぎる。
「でも、じゃあどうして離婚したんですか?」
彩さんの表情が曇った。
「五人の女達はね、利用するつもりで結婚したから、割り切った気持ちだったわけ。泣き落としや色気で迫れば、ぽんぽんと結婚する花野井をバカにする妻も中にはいたわ。中庭のテーブルでよく井戸端会議をしたもんよ」
え、あの中庭のテーブルって、そんな風に使われてたの!?
「でもね。そんなの本音じゃないって、誰もが思ってたもんよ。あの人、優しいでしょう?」
「はい。すごく」
「豪快で、懐が深くて、色気があって」
「分かります」
(最後のは、ちょっと分かんないけど)と思っていると、彩さんが、「子供には早いわね」とバカにした。
(なんですとぉ!? 子供じゃないもん!)
「あのね。お互い愛――男女の愛がないと思ってても、人って、優しく、情を持って接せられると、愛情って湧くのよ」
その言葉に、はっとするものがあった。
まさしく、さっき気づいた気持ちそのものだった。
「それが男女の愛とは限らないけど、一緒に暮らしていて、ましてや妻なんだもの。家族の愛なり、男女の愛なり、欲しいと思うようになるでしょう? 子供がいれば、例えあの人の愛が得られなくても、例えあの人から得られるものが、情のままだったとしても、家族になれるかも知れない」
彩さんの表情は、切なさに僅かに歪んだ。
この人、他の五人の奥さんのことって言ってたけど、本当は、彩さん自身の気持ちでもあるんだ。
私はそう確信して、彩さんを見据えた。
「だけど、あの人避妊だけはちゃんとやるのよ。一度、しなくても良いわよって言った時、あの人、ガキはいらないって言ったわ。家族はもういらないって――それでね、みんな離婚を決めたのよ。表向きは、次々に妻を連れてくる、その女好きにうんざりしたって理由でね」
彩さんは、気丈に笑ったように見えた。
私は、なんだか哀しい気持ちになった。
彩さんの哀しみが伝わってきた気がした。
家族なのに、家族はいらないと言われた。
戸籍上だけだったとしても、それでも家族だった。妻だった。
その哀しさは、どんなものだっただろう。
アニキは、残酷だ。
「あの人、迫ると絶対に拒まないけど、抱かれてても燃えるような熱情は一度も感じた事はなかったわ。ただ、優しく抱くだけ。心はくれない――求めてくれない」
彩さんは曇った顔を上げて、にこりと吹っ切ったように笑った。
「私ね、この先の街で結婚するのよ」
「え?」
「どーしても私じゃないとダメっていう、金持ちの男とね」
彩さんは、気取って髪を掻き揚げた。
この話を聞く前だったら、嫌味や自慢と摂りかねない態度だったけど、私はなんとなく彩さんの気持ちがわかったような気がしていた。
この人はきっと、アニキへの未練を断ち切るため、そして、アニキの気持ちを確かめるために、ここにきたんだと思う。
そして、前を向き始めたんだ。
自分を愛してくれる人の許に行く決心をしたんだ。
私は、心から彩さんの幸せを祈った。
――ムカつく女なんて言って、ごめんなさい。
彩さんは、その日の内に旅立って行った。
その表情は、晴れやかだったように思う。