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 薄闇に覆われた、暗く狭い空間。
 明かりは、松明の日しかなく、石の壁は思ったよりも冷たい。
 それは、私の不安を駆り立てる。
 日が暮れたのかどうかさえも分からない。
 ここは、窓すらない。石と鉄に覆われた、地下牢。

「なんで、こんな目に……」

 私は鉄格子にしがみつきながら、深くため息をついた。
 あの後、私は無理やり本殿へ連れて行かれた。そして、有無を言わさず、この地下牢に放り込まれた。
 鈴音さんや、他のメイドさん達が止めようとしてくれたけど、志翔さんに一喝されて、伸ばした手を引っ込めた。
 恨んではいないけど、もう少し粘って欲しかったなぁ、とは、思う。
 でも、目撃者がいるんだから、アニキに伝えてくれるはず。
 その内、アニキが助けてくれる――はず。
(そう願いたい! そうであって欲しい! 一生牢屋の中だなんて、嫌だぁ!)
 私は泣き出しそうになって、崩れ落ちた。

「……そもそも、青嵐さんのせいじゃない! あの人、何者なのよ!」

 憎々しく呟いたときだった。
 階段を下りる足音が響いてきた。
(誰?)
 驚きと同時に、期待が胸に宿る。
(釈放されるかも。アニキが助けに来てくれたのかも!)

 徐々に明るさを取り戻す廊下。誰かが松明かカンテラを持って近寄ってきていることは、明白だった。
希望が胸に宿る。だけど、その人が顔を出した途端、私はがっかりした。私の前に現れたのは、志翔さんだった。

 志翔さんの後ろには侍女のような女性が付き従い、彼女がカンテラをかざしていた。志翔さんの表情は、とても私を釈放しに来たようには見えない。
 まるで虫でも見るかのように、冷たい瞳で私を見下ろす。

「貴女は何者です?」
「花野井さんの屋敷でお世話になっている者です」
「メイドや従者ではありませんね? あの者が雇っている中で、貴女に該当する者は一人もおりませんでした」
(って、わざわざ調べたんかいっ!)
「……知り合いです」
「なるほど、あの野蛮なる者の愛人ですか」
「あっ、愛人じゃありません!」

 驚いて思わず声を荒げると、志翔さんはうっとうしそうな顔をした。

「まあ、貴女が何者でも関係ありませぬ。葎様をかどわかしたこと自体が罪なのですから」
「は? あの、葎様って誰ですか?」

 私はぽかんとしてしまった。葎なんて人、会ったことないけど……。でも、どこかで聞いたような?

「何をとぼけて! 卑しい庶民めが!」
(い、卑しい庶民?)
 私は目を丸くしてしまった。
 そんな言葉、ドラマでも聞かないよ。

「では、貴女と一緒にいたお方は誰だと言うのです!?」
「えっと……青嵐さんです」
(この人、本当に怖い)
 キイキイとヒステリックに叫ぶ志翔さんに、私は怯えながら答えた。
「青嵐?」
 彼女は一瞬考えるように眉を顰め、合点が行ったように深いため息を漏らした。
「また! あのお方は!」

 彼女はイラついたように頭を抱えた。
(この人、そんなにイライラばっかして疲れないのかな。その内、胃に穴が開きそう)

「では、貴女はあのお方が誰なのか知らないのですね?」
 志翔さんは私をキッと睨みつける。
「はい。えっと、ドラゴンが好きな人ですよね?」
「それ以外は何を知っているのです?」
「……何も。青嵐さんとは、今日会ったばかりで、一緒にいたのも二、三時間だし、その間はドラゴンの話しかしてません。だから、かどわかすなんてことはありえません」
「そうですか……」

 強く否定すると、志翔さんは少し安堵したように息を漏らした。
 そして踵を返す。

「あの、ちょっと! ここから出して下さい!」
 慌てて叫ぶと、
「あのお方のことは、他言無用に願いますよ!」

 振り返りもせずに、彼女は撥ね付けるように言って歩き出した。

「もう、なんなのよぉ! 出してよ!」

 今度は私がヒステリックに喚き散らした。でも、なんの返答もない。私はへなへなと滑るようにしゃがみ込む。
 暗い闇の中で、一つだけ理解した。

「あの野郎。私に嘘ついてたんだ!」
 なにが青嵐ですか、本当は葎って言うんじゃないのよ!
「……アニキぃ、助けてよーーー!」
 私の渾身の叫びは、石壁に弾かれて、牢屋に木霊しただけだった。