「稀にそういったものが生まれるのはね、ドラゴンの遺伝子に関係しているんじゃないかって言われているんだよ。いわゆる、近いもの同士の交配によって生じるんじゃないかと言われているんだ。本来動物とは、自分ともっとも離れた遺伝子を持つものを選ぶとされているけど、なんらかの要因で、近しいものとの交配が起こり、稀に生まれるんじゃないかと言われているんだ。たとえば、飼育されているラングルの中でも、羅津(らつ)という農場でも、事象が報告され、気性の荒いラングルが生まれたと報告があるんだ」
「へえ」

 私は、驚きながら頷いた。
 ラングルにそんな秘密があったとは……ってことは、シンディもそうなのかな。
 彼はまだ目を輝かせながら、色々と語っていた。お茶がきても、彼の話は止まらず、日が陰るまで、ずっとドラゴンの話をしていた。
 日が沈んでようやく、青嵐さんは、はっと我に帰った。

「すまない! もうこんな時間なんだね!」

 申し訳なさそうに顔を顰める。

「長らくつき合わせてすまない。女の子はこんな話退屈だっただろう?」
「いえ。そんなことありませんでした。知らない話が聞けて楽しかったです」

 青嵐さんの話は面白かったし、何より、彼のドラゴンへの熱意がすごく伝わってきて、ドラゴンが本当に好きなのがよくわかった。
 好きなものの話をしているときの人の話は、面白いし、興味が持てる。
 私の言葉に安心したのか、彼はほっと息をついた。

「僕は、ドラゴンの話になると止まらなくてね。皆、特に弟には嫌な顔をされてばかりいるんだ」
「そうなんですか」
「うん。あっ、でも、もう一人の弟――僕に二人弟がいるんだけど、一番下の弟だけは、飽きもせずに聞いてくれるんだ」
「良い弟さんですね」
「そうだね。出来すぎなくらいだよ」

 青嵐さんはそう言って、苦笑した。

「さて、じゃあ、僕はそろそろお暇させてもらうよ。もう追手も諦めただろうしね」
「そうですか……ところで、誰から逃げていたのか教えてもらっても?」

 青嵐さんは自分の人差し指を口の前に持ってきた。

「秘密」

 囁くように言って、軽く笑んだ。
(悪い人ではないんだろうけど、いったい何者なんだろう?)

「見つけましたよ!」

 突然、金切り声が耳を劈くように響いて、初老の女性が憤慨した様子で駆けてきた。彼女は、白い布を頬かむりのように被っている。
 その後ろには、槍を持った兵士が三人、付き従っていた。

「あちゃ~……見つかったか」
「見つかったかではありません! 老いらくの乳母を困らせないで下さいませ!」
「すまない、志翔(ししょう)。だが、志翔はまだまだ若いではないか」
「そんな世辞で済むとは、お思いにならないで下さいませ!」

 ぴしゃりと言われて、青嵐さんは押し黙った。
 怒りに燃えた心を静めようとするように、志翔と呼ばれた女性は、鼻から大きく一息吐き出した。
 そして、ちらりと私を見る。
 険のある目つきに、若干嫌なものを感じた。

「また、共の者を連れずに、研究にでも出かけたのかと思いきや。野蛮者の家で、女とお会いになっていたのですか」
「野蛮者だなんて酷いじゃないか。花野井は良い人だぞ?」

 にこやかに青嵐さんが言うと、志翔さんはヒステリーに喚いた。

「何を仰いますやら! 盗賊など、野蛮以外の何者でもないではありませんか!」
「山賊だぞ。元だしな」

 私は思わず肩を竦めたけど、青嵐さんは慣れっこなのか、歌うようにヒステリーな彼女に応対していた。
 しかし、志翔さんは、「どちらでも構いませぬ!」と、鬼のような形相で叫んだ。
(うわぁ……怖い。こんなんが姑とかだったら、最悪だろうな)
 私は引きつりそうになる頬を、ぎゅっと両手で押し当てた。
 青嵐さんはと言うと、またもや慣れっこなのか、肩を竦めて薄く笑っている。

「さあ、お帰りいただきますよ!」

 志翔さんは、鼻を鳴らしながら言って、兵士に手で合図を送る。

「失礼します」

 兵士の一人が、軽く会釈して、青嵐さんの腕を掴もうとした。その瞬間、その手を取って、青嵐さんは一気に兵士の腕を引っ張った。
 前につんのめりそうになった兵士の背を強く押し出す。片手を槍に塞がれている兵士は、顔から地面に転んだ。

「ぶっ!」

 噴出すような声を漏らして、倒れた兵士はすぐに激しく鼻をさすった。
 残りの兵士は、呆気に取られ、その隙に青嵐さんは、テーブルの荷物をかき集めて、猛スピードで走り出した。

「お待ちくだされ! 葎様!」
「すぐ戻る! すまんな、志翔!」

 悲鳴に軽やかに答えて、青嵐さんは屋敷の中に消えていった。

「……何をしているのですか! 追いなさい!!」

 残された志翔さんは、呆然としている兵士を叱り付ける。兵士は慌てながら、青嵐さんを追って行った。

(なんだったの?)

 嵐のような展開に、頭が追いつかない。志翔さんは私に向き直った。片方の眉を吊り上げて、不快な顔をあらわにする。
 そこに、兵士が気まずそうに戻ってきた。

「すみません。見失いました」
「まったく! あのお方は、逃げ足だけは速いのだから!」

 呆れ果てたようにため息をつくと、険のある目で私を睨んだ。

「この娘を捕らえなさい」
「ハ!」
「……え?」

 あっという間に、私は兵士に囲まれてしまった。
(ええ!? なんでぇえ!?)