「あの、なんなんですか?」

 息を切らせながら、私が投げつけるように言うと、男性は振り返って勢いよく頭を下げた。

「すまない! ちょっと追われてたんだ」
「何か盗んだりしたんですか?」

 私は冗談交じりに言って、男性の大量の荷物に目線を移した。

「ハハハッ! 面白いことを言う娘さんだね」

 愉快そうに声に笑って、男性は風呂敷包みの一つを解いた。その中から出てきたものは、大量の巻物の束だ。

「これは?」
「これはね、僕が書き溜めたドラゴンの生態を記した物なんだ。絵も自分で描いたんだよ。じかに見られるものは見に行ったし、資料があるものは写して、ないものは想像で描いたんだ」
「へえ、すごいですね! もしかして、他の風呂敷もそうなんですか?」
「ああ。筆や新しい紙や巻物も入っているけど、背に背負っている物以外はそうだよ。これは着替え」

 そう言って男性は示すように肩を上げた。
 彼の荷物は、背に括り付けてある風呂敷包みを含めて、全部で五つあった。彼は広げた包みを結びなおして、廊下に置いてあった荷物を全て手に持ち直した。
 
「娘さんは、花野井の知り合いだろう? 暫くこの家に匿ってくれないか?」
「そう言われても、私の家ではないので……」
「そうか」

 男性は困ったように眉毛を八の字に曲げた。
 そんな顔をされると、手を貸したい気になる。
 名前やどこの人なのか分かれば、誰かに相談しようもあるかも知れない。
 アニキは今仕事でいないから、使用人の誰かに言えば許可がもらえるかも。
 それに、アニキのこと知ってるみたいだし。

「あの、ちなみに、どちら様なのでしょうか?」
「ああ! すまない。名乗っていなかったね。私は――」

 彼は言いかけて押し黙る。何かを考えてから、にこりと笑った。

「青嵐(せいらん)というんだ。よろしくね」

 愛想良く握手を求められて、私は反射的にその手を握り返した。
 言いかけた間がちょっと気になるけど、まあ、いいか。

「私は谷中ゆりです」
「谷中さんだね。ということは、やはり貴族の令嬢なのではないか」

 青嵐さんは、深く頷く。
 私は反対に深く首を傾げた。

「いえ、ですから貴族ではないです」
「じゃあ、三関か将軍の娘さん……じゃないよな。どこも娘はいないはずだ」

 独り言を言うように呟いて、青嵐さんは訝しがった。

「苗字があるってことは、それなりの地位の者ってことだろう? キミは、どこの誰だい?」
「え?」

 ああ。そっか、この世界、もしくは岐附では苗字は地位のある人じゃないと名乗れないのか。
 日本でも江戸時代はそうだったらしいし、ここでもそうなんだ。
 だけど、どうしよう。私はここでは異世界からきたとか、魔王ですなんて言っちゃダメなんだよなぁ……。