「そんなに驚く事?」
「うん……ごめん。だって、沢辺さんって可愛いからさ。振る男なんていたんだって思って」

(気まずい)

 でも、沢辺さんは「そんなことないよ」と謙遜して、

「その人さ、恋人いたから」
「……そうなんだ」

 私は自分のことを一瞬思い出した。

 私は、好きな人がいる人に告白することはできなかった。
 振られるのが怖かった。だから、諦めた。ううん、実際は、諦めたふりだったけど……。

「……怖くなかった?」
「フラれるかもって?」
「うん」
「まあ、前提にあったからね。分かった上で言ったから」

 さばさばとした口調だったけど、不意に影が差した。
 やっぱり、覚悟してたとしても哀しいよね。

「でも、分かってても、言ったんだね」
「うん」
「すごいね、沢辺さんは。私は……できなかったんだ」
「え?」

 彼女は少し驚いたけど、すぐに真摯な瞳で私を見据えた。

(沢辺さんって、良い人だな)

 私は、泣きそうな気持ちを抑えた。
 本当は、一人で抱え込んでいられなかった。誰かに話したかったんだ。両親には言えないし、かなこにも言う気になれなかった。

 かなこに言ったら、きっと私と同調して泣く。わざわざ友達を哀しい思いにさせたくなかった。
 沢辺さんはなんとなく、同調もせず、言っても適当にあしらったり、笑ったりしないでくれる気がした。だから、私は続きを話した。

「その人はさ、ずっと好きな人がいて」
「うん」
「私、今でもその人のことが好きなんだと思ってたんだけど、もう違うって分かったんだ」
「うん」
「それで、人伝いにね。その人が私のこと好きだって聞いたんだけど……」

 声が沈んだ調子になってしまう。なるべくなんでもない風に喋りたいのに、私の声は表情より素直だった。沢辺さんは心配そうに私を見た。

「その人遠くにいて。ていうか、私が帰ってきちゃって」
「うん」

 私が行方不明だったことは、多分彼女は知っていると思う。
 それでも、彼女は合点がいった顔をせず、ただ私の話を聞いてくれた。

「彼が私を好きだって聞いても、戻れないんだ」
「どうして?」
「すごく遠くなの」
「外国とか?」
「うん。そんな感じ。多分、もう一度行ったら何年も、何十年も、もしかしたら一生帰って来れないかも知れない」
「そうか……それで悩んでるんだね?」

 私はこくりと頷いた。
 沢辺さんは、暫く考えるように宙を仰いだ。
 そして、真剣な表情で私を見据えた。

「私は、谷中さんのしたいようにするのが一番良いと思うよ。後々後悔するとかっていうのは、後悔する時にしたら良い事で、今じゃないと思う。今、谷中さんがしたい行動をとれば良いと思う。彼のところに行きたいんだったら、両親を説得してみるとか。行かないって思うんだったら、その分自分の大切にしたい人を、大切にすれば良いと思う。ご両親とか、友達とかね」

 そう言って、沢辺さんは、申し訳なさそうな顔をした。

「ごめんね。こんな事しか言えなくて。でも、選択って自分で決めるしかないことだと思うんだ。それに、答えって、本当は自分でもう分かってる事でしょ? 人に相談して整理できて、本当にしたい事が分かったり、反対されて、怒って、自分のしたい事が分かったり。他人はさ、それを知るためのツールだと思うの。大切なものだけど、答えはくれないのよ。谷中さんの中に、もう答えはあるんだと思うけどな。私は」

 そう含むように言って、沢辺さんは頭を軽く掻いた。

「後押しとか、アドバイスとか出来なくてごめんね。答えもあげられないし。でもさ、どっちが良いか考えて、そっちを取ったらなんかヤダな。納得出来ないなって方を、選ばなければ良いんだと思うよ」

 苦笑しながら、沢辺さんは今度は頬を掻いた。
 多分、自分でも自信が無いんだと思う。
 それでも、向き合ってくれた沢辺さんは、誠実な人だと思った。
 私は沢辺さんが、一気に好きになった。

「ありがとう」

 私はそう告げて、彼女と別れた。
 彼女と話をして、私は自分の答えが分かった。
 本当は分かっていたけど、ぐずぐずと理由をつけていただけなんだということも分かった。
 浅はかなのかも知れない。
 でも、今後悔しない方をとろう。後ではなくて。今。