「驚いたかな」
 間空は冷静に言ってゆりに歩み寄ってきた。
 死体と目が合って、その瞳から逃れられないゆりの目に、優しく暖かな手のひらを当てる。

「見なくて良い」
 優しい声音で言って、彼はゆりの目に手を当てたまま、腕を引いた。

 ゆりは一瞬恐怖が過ぎったが、衝撃的な出来事に何も考えられず、そのまま歩き出した。
 死体を過ぎるとその手は離された。視界と本来の体温が戻ってくる。

 目の前の壁には呪符が貼ってあった。
 間空は懐から生成りの紙を取り出した。紅い色で文字のような図形のようなものが書かれている。――呪符だ。

 間空が呪符を懐から取り出して、壁の呪符に翳すと、壁が渦を巻く水のように変化し、その中心にぽっかりと暗い穴が開いた。

 間空は振り返ると、不安げなゆりを目線で促した。
ゆりは緊張しながら、その穴に足を踏み入れた。

「うそ……」
 その瞬間、ゆりは驚いた。

 穴は一切の光がないように真っ黒だったのに、穴の向こう側は白熱灯のようにパキッとした光りが満ちていた。
 光は壁に埋め込まれているのだろうか、壁が照明代わりとなっていた。

 そしてその光が映し出しているのは、広々とした閉ざされた洞窟の中に、びっしりと巻物や本が並んでいる複数の棚だった。

「すごい! これどうなってるの?」
 思わず独り言ちたゆりに、間空は答えた。
「この洞窟は天照石(てんしょうせき)というんだ」
「天昭石? あ、もしかして、さっきの閃光弾みたいなのもそれですか?」

 この世界に火器や重火器のようなものは存在しない。それをゆりも薄々感づいてた。
 だからこの壁の光を見て、先程月鵬が投げつけた物はこれを加工したものなのかも知れないと思ったのだが、間空は首を横に振った。

「いや。あれは別物だ。あれはドラゴンの卵なんだよ」
「ドラゴンの卵ですか?」

「ああ。雷帝竜(ファルゴ・レ)と言って、常に体から電気を発しているドラゴンがいてね。それの卵なんだ。まだ卵の中で形をなしていないときに割れると、強力な電光を発するんだ。戦場で使われる事もあるが、卵の時期の見極めや卵の管理が面倒でな。万が一産まれてしまった場合、人には懐かない上に、凶暴で、危険性の方が高いから、あまり使われないがな」

「へえ……」
 ゆりが関心深く頷くと、間空は壁に視線を移した。

「この天昭石と言うのはな。岐附のある地域にしかないんだ。天然の光る鉱石なのさ。明るいと光らないが、この洞窟は閉鎖して真っ暗にしてあるから、年がら年中光っているんだよ」
「へえ……え? 岐附ですか!?」
「ああ」
 二度見する勢いで驚いたゆりに、間空は平然と頷いて見せた。

「え? だって、私達功歩に……?」
「そうだ」
 ゆりが絶句した顔を向けると、間空は満足そうに深く頷く。

「今、壁に呪符があっただろう?」
「はい」
「あれと、ここに貼ってある呪符が繋がっているんだ。今は見えないが、あの穴のところに貼ってあるのだ」
 そう言って指さした方向を見る。ゆりの背後に先ほど通ってきた穴があった。