* * *

 暫く登っていくと、草を掻き分けた先に、突然登山道が顔を出した。
 曲がりくねった道で、整備されたようすはなかったが、紛れもなく人が作った道だった。

「やった! 助かった! ねえ、結!」
「うん」

 ゆりは歓喜の声を上げ、結の手を取って、高く掲げた。
 結はそれに少し戸惑いながらも、嬉しそうに笑んだ。

「結のおかげだよ。ありがとう」
「……うん。そうか」

 ゆりの心からの礼に、結が満足げに笑んだときだった。登山道から動物が下ってくるような音が聞こえてきた。
 馬の蹄鉄のようでもあったが、音がもっと重苦しい。

 ゆりは不思議そうに顔を向けたが、結はキッと音の方向を睨み付けた。
 曲がり角から顔を出したのは、ダチョウに似た生物だった。
 ダチョウのような身体に、爬虫類の顔がついていて、羽が極端に短く、到底飛べるとは思えない。

 その生物の上に人が跨っていた。
 その者は、屈強な体つきで、厳つい顔立ち、頬に大きな傷がある男だった。その男の後から、ダチョウに似た生物に跨った幾人かの男女が姿を現した。

 ゆりは助かったと安堵したが、結は緊張した面持ちで睨みつけるのを止めなかった。
 結は駆け出そうとするゆりを制止し、構えるしぐさを取った。

「オマエ達、山賊か!?」
「え? え!?」

 ゆりは驚いて視線を双方に行ったりきたりさせた。その様子を見て、男達は可笑しそうに一斉に笑い出した。

「なにがおかしい!」
 結が怒鳴ると、男達の最後尾から驚いたようすの声が上がった。
「結? ――結か?」

 最後尾にいた長身の男の影から、ひょっこりと青年が顔を出す。

「雪村くん!」
「主!」

 ゆりと結が驚いて声を上げると、雪村がダチョウのような生物から飛び降りた。同時に、結が駆け出す。

「主、ご無事で」
 嬉しそうに瞳を輝かせた結だったが、雪村は首を傾げて軽く質問する。
「あれ? お前また三条の言葉出てないか?」
「あ、すみません」
 頭を下げた結を一瞥して、雪村はゆりに振り返った。

「谷中さんも、無事だったんだな。良かった」
「うん。雪村くんも、無事で良かった。この方達は?」
「ああ、うん。この山の麓の村の人達だよ」

 雪村が答えると、結はゆりの側へ戻った。そこに、男性だらけの中で唯一いた、みつあみの少女が、補足するように言った。

「私達、竜狩師(シャッス)なのよ」
「シャッス?」

 首を傾げると、彼女はゆりを見てにこりと笑った。
 細められた緑色の瞳と、陽光に照らされた金色の髪が、ゆりに月鵬を思い出させた。
 見渡してみれば、この竜狩師(シャッス)と名乗る彼らの殆どが、金髪に緑色の目をしていた。

「竜狩師は、ドラゴンを狩る者の事よ。ドラゴンを討伐したり、捕まえて売ったりしているのよ。軍が討伐する時もあるけれど、私達の方がドラゴンには断然詳しいわ」

彼女は誇らしげに言って、ダチョウに似た生物から降りて、その生物を愛しそうに撫でた。

「この子達は、喰鳥竜(ジキチョウ)よ。足が速くて、山間に向くの」
「へえ。そうなんですか」
「あなた達、雪村の知り合いなのね」
「はい。友達です」

 ゆりは愛想良く答えたが、結はムッとした表情をし、唇を尖らせて少女を睨んだ。
 彼女はそれに気がつかないのか、気にしないのか、近寄ってきて握手を求めた。

「雪村とは昨日会ったの。ドラゴンの狩りまで手伝ってくれて助かったわ。あなた達のお友達は強いのね。私、セシルよ」
「へえ、そうなんですか。私は、ゆりです。谷中ゆり」

 近くで見たセシルは、中々機動的かつ、大胆な服装をしていた。
 マントの間から短いオフショルダーの白シャツが覗く。その上に皮で出来た胸当てをつけていた。きれいなへそのすぐ下に、短いショートパンツを履いてる。尻の肉が見えそうなくらい短いパンツから、筋肉質な長い脚がすらりと伸びていて、茶色の皮のショートブーツがそれを更に引き立てていた。

 額には、羽のついた鉢巻をし、こげ茶の皮ベルトには、湾曲した大型のナイフが挿してある。

 モデルでも滅多にいないような美しく健康的な脚を羨ましく思いながら、ゆりはセシルと握手を交わしたが、セシルが結に握手を求めようとすると、結はムッとした表情のままそっぽ向いた。

 セシルは若干目を丸くしたが、横でわたわたと慌てているゆりを見て、おどけたように笑った。

「ゆりのお友達は、変わってるのね」
「すいません。多分、人見知りなんですよ」

 ゆりがフォローをすると、結は鼻を鳴らしてセシルをもう一度睨み付けた。ゆりは内心冷や汗ものだったが、セシルは楽しそうに笑った。

「山を降りるでしょ? 乗せていってあげるわ」
「本当ですか? わあ。ありがとうございます!」
 心底助かった思いで振り返り、ムスッとしたままの結に声をかける。
「結! 一緒に行こう」
 
 渋々といった感じで結は頷いた。
 ゆりはセシルの後ろに乗せてもらい、結はジゼルと名乗った顔に傷のある男の後ろ、雪村は先程の長身の男、サイモンの後ろに戻った。
 先程は喰鳥竜の陰に隠れて分からなかったが、数匹の喰鳥竜で、板に乗せたドラゴンの死骸を運んでいるようだ。

「これは?」
「このドラゴンは、宝石竜(ジュエリーズ・ドラゴン)よ。ほら、見える?」
 
 セシルが指したのは、ドラゴンの頭の先だった。
 宝石竜は羽がなく、短い前足に、太い後ろ足、灰色の体をしていて、頭の先がゴツゴツしている。拳大の出来物がたくさんできているように見えた。

「あれはね、宝石竜の体内で出来る石なの。あれを取り出すと、すごく綺麗で、高く売れるの」
「へえ、そうなんですね」

 どんなものなのか、一度見てみたい。そんな風に思ったときだ。
 セシルが振り返って、ブレスレットを翳した。
 ブレスレットは陽光を受けてキラリと光った。
 オレンジや、緑、赤、青、様々な色の歪な形の石がついたブレスレットだが、色はどれも澄んでいて綺麗だ。

「これよ。その石」
「え!? これが? 全部ですか?」
「そうよ。赤いのも、青いのも、みんなそうよ」
「へえ。不思議。キレイですね」
「でしょ? 形を丸く整えれば、もっと綺麗だし、価値が上がるわ」

 誇らしげに言って、セシルは前に向き直った。
 ゆりは、視線をドラゴンの死骸へと向けた。

 宝石竜の乾いた舌はダランと伸びきり、台車にだらしなく横たわる。石を踏んで車輪が揺れ、一瞬だけ色のなくなった瞳を太陽光に光らせた。
ゆりは自分が殺したわけではないのに、なんとなくバツが悪いような気がして、唇をもぞっと動かした。