「見たかったら貸すぞ?」
「いえ! そんな!」
 ゆりは慌てて手を振った。

「ハハハッ。そんなに恐縮せずにな。見たかったら明日にでも、雪村や結にでも言って連れて行ってもらうと良い」
「えっと、はい……じゃあ。遠慮なく、そうさせてもらいます」

 ゆりは、はにかみながら頷いたが、そこでふと疑問に思った。
 食客とは、客としてそこで生活していたり、居候のことを言うはずだ。

 三条一族は、食客とは名ばかりで、功歩のために働いてはいるようだったが、表向きには食客という立場の者達にスパイを任せるのはどうなのだろう。

「あのぉ、どうして間者になったのか聞いても良いでしょうか?」
 ゆりが恐る恐る尋ねると、間空はどことなく哀しげに笑った。

「それはな。間者ってのは、捕まったらすぐに機密がばれないように自害するのが鉄則なのさ。まあ、竜王機関は別なようだが。――だから、そういうことだ」

 にっと笑って、言葉を濁して打ち切った間空を、ゆりはわけが分からずに怪訝に見たが、思案する前に間空が話題を変えた。

「ところで、谷中さんは雪村のことをどう思っているのかな?」
「え?」

 突然の質問にぎくりと心音が跳ねた。それは話題が変わったからではないことは、ゆり自身にも自覚が出来た。
 どくどくと心臓が早くなっていく。

「えっと……その、良い人だなとは……思ってます」
「そうか」
 含むように呟いて、視線を下げた間空の瞳は僅かにきらりと光った。
「――では、風間の事は?」

 ゆりの脳裏に一瞬、先日の出来事が過ぎった。
 憧れの存在だった風間からのデートの誘いを、何故断ったのか。
 ゆりにはもう、思い当たるふしは一つしかなかったが、軽く頭を振る。

「風間さんは――少し、怖いかなって思う事もありましたけど、憧れの人ですかね? なんていうか、アイドルとか、宝塚みたいな」
「アイドル? 宝塚とはなんだね?」
「えっと……」

 なんと説明したら良いのか分からず、苦笑を浮かべたゆりに、間空はなにか感づいた様子で大きく頷いた。

「ああ。君の世界で存在するものかね」
「はい」
「神や王みたいなものかい?」
「ああ……まあ、ごく一部の人にとってはそんな感じですかね。アイドルの語源は偶像崇拝だって聞いた事あるし……神様や王様よりはずっとずっと身近ですけど」
「そうかい」

 呟いて、間空はソファの背もたれに寄りかかった。
 暫く黙り込みそうな雰囲気になったのを感じ取って、ゆりはどことなく気まずくなって、風間の話が出たついでに尋ねた。