* * *
斜面を下ると、小さな川が流れていた。
水筒の栓を抜き、川の中に入れると急に重くなり、水筒が水流に持って行かれそうになった。見た目とは違い、水の中は速度が速いらしい。
「ううっ」
ゆりは堪えながら、水筒を川から出した。すると、水筒は二十センチ程なのにも関わらず、二リットルのペットボトルと同じ重さに感じられた。ゆりは訝しがりながら水筒を見つめる。
中身を覗いてみると、不思議な事に水筒の中に水は入っていなかった。代わりに緑色に光る鱗のような物があるだけだ。鱗は、今にもはちきれそうなほど膨らんでいる。
「何これ?」
疑問に思いながら、水筒越しに軽く押してみると、鱗の中から水が漏れ出すのが穴越しに見えた。
「あ~あ。なるほどね。この中に水が入ってるんだ」
どうやら水筒の中にあるはずの水は、何故かこの鱗に吸収されてしまったらしい。ゆりがまじまじと見ているうちに水はまた鱗に吸い込まれるように入っていった。
不思議に思いながらもゆりが戻ると、皮を剥がされたネズミがこんがりと焼かれていた。
「できたぞ。食べろ」
結は誇らしげに、尻から串刺しにしたネズミをゆりに差し出した。
「あ、う、うん。ありがとう」
ゆりは苦笑いしながら、それを受け取る。
「結は食べないの?」
「ゆんちゃんの後でいい」
「一緒に食べようよ。ナイフで切り分けてさ」
ゆりが何気なく言うと、結は驚いた瞳を向けた。
「どうしたの?」
怪訝に尋ねたゆりに、結は小さく首を振った。
「立場が上の者が、普通そんなことしない」
「え?」
「この世界では、立場が上の者が偉く振舞う、当たり前」
「えっと……でも、私別に偉くないし」
「偉いだろ。魔王だ」
「……いや。違うよ。私、別に魔王じゃないし」
「……何故だ? 魔王だろ」
自分は魔王ではない。人間なのだ――そう見て欲しい。口元まで出かかったが、ゆりは押し堪えた。
押し黙ったゆりを、不思議そうな眼差しで結が見つめた。彼女にしてみれば、事実を言ったまでで、悪気はなかったからだ。
ゆりは視線に気がついて、俯きかげんだった顔を上げた。
「結と私はもう、友達じゃん。立場とかそんなのないよ。それとも私と友達とか、嫌?」
ゆりが窺うように尋ねると、結は驚いたように目を丸くした。
「友達……」
「うん。――あれ、違うかな?」
不安になったゆりに、結は激しくかぶりを振って否定する。
「ううん。友達!」
「うん! だよね」
「うん!」
嬉しそうに言って、結は炎を見つめ、ぽつりと呟いた。
「あの人と、同じ」
「……うん?」
ゆりは促すような声音を出したが、結は何も答えず、ただ嬉しそうに首を振っただけだった。
あの人とは、誰なのだろうか。不思議に思ったが、ゆりはそれ以上は聞かなかった。



