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 レストランを出ると、街の中は店や家の明かりで溢れていた。街灯はないので道は薄暗いが、すぐ横の建物からの明かりで、歩いていてもランプなどの灯りはいらないほどだ。

「うわぁ! 昼となんか違うね」
「そう?」

 感動したゆりに雪村は首を捻って答えた。街に向き直った雪村の横顔をゆりは何気なく見つめる。
 その表情が、なんとなく風間に似ているような気がしてゆりはつい尋ねた。

「雪村くんと風間さんって従兄弟かなんかなの?」
「え?」

「私、無条件に二人は親戚なんだって思ってたんだけど、実際三条のお屋敷――じゃないや、センブルシュタイン城に行ってみるとすごい数の人がいるじゃない? だからどうなんだろってちょっと今、気になって」

 センブルシュタイン城の廊下を昼間に歩くと、代わる代わる違う人に出くわす。中には功歩の人間らしき人も多いが、殆どが三条家の人間らしかった。

 どれくらいの数の人間がいるかは分からないが、少なくともゆりが想像していたような十数人単位ではないのは明らかだ。
 ゆりの質問に、そっかと雪村は頷いて、

「三条の人間は、今は百五十人くらいいるよ」
「そんなに!?」
「うん。でも、三条は今でも排他的でさ。親族同士の結婚が主なんだ」
「そうなの?」
「うん」
「どうして?」
「能力の保持のためだと思う」
 怪訝に首を傾げたゆりに、雪村は微苦笑を返した。

「親族以外と結婚すると、能力が受け継がれないって云い伝えがあるんだよ。でも、血が濃いと性格上とか、能力上に問題が出ることがあるんだ。だから俺は親族同士で結婚とか好き合ってないんだったら、もう良いと思ってるんだけどな」
軽く言って雪村が頭の上で腕を組むと、ゆりは呆れた声を出した。

「だったらそうすれば良いのに。雪村くん頭首なんでしょ?」
「そうだけどさ……」
「私、向いてると思うけどな。町の人を見ると、雪村くんが町の人にどれだけ好かれてるか分かるもん」

「それは、頭首と関係ないと思うけど」
「人の上に立つんだから、好かれないより好かれてた方が良いじゃない」
「……そうかなぁ」
 首を捻る雪村に、ゆりは眉を顰めて覗き込むようにした。

「そもそも、どうして頭首になりたくないの?」
 率直なゆりの質問に雪村は僅かに眉を顰め、苦い顔をした。そして、零すように小さく言った。

「……重いんだよな」
「え?」
 居心地が悪そうに雪村は笑って、
「立場とかそういうの、俺、嫌いなんだよな」
 へらっとした笑みを向けた。そんな雪村を少し情けなく思いながらもゆりは納得した。

「まあ、何事も向き不向きはあるからね……」
「だろ?」
「まあ、ね」

 あまりに溌剌とした同調に、ゆりは頷く気になれなかったが一応頷いた。すると、突然隣の家の明かりがぱっと消えた。
 偶発的な薄闇の中、二人は瞳をぱちくりとさせて見つめ合った。

「……あのさ、これからイイとこ行かない?」

 ぽつりと零れ出た言葉は震えなかったが、心臓は飛び出しそうなほどドクドクと脈打つ。その表情は茹蛸のように真っ赤だったが、急に訪れた薄闇に目が慣れていなかったゆりには、彼の頬の熱さなど知る由もなかった。