* * *

「もう、本当に、結さんに会えて良かったよ」
 ゆりはやっと落ち着きを取り戻し、炎に手を翳した。
「結さん、ここどこか分かる? 私達どうなっちゃったのかな? みんなのことは知ってる?」
 結は首を振った。

「そっか……」
「でも、山は下りれる。そしたら、ここどこだか分かる、思う」
「本当!? 良かった!」
 わっと喜んでから、ふと疑問が湧いて、ゆりは少し小首を傾げる。

「ねえ。結さんってどうして片言で喋るの?」
「……公用語、苦手」
「公用語?」
 聞き返すと、結はうんと頷いた。

「公用語、全国で話されてる言葉。でもそれぞれの言葉もある。国とか、民族とか」
「へえ……そんなのがあるんだね」
 ゆりは関心したように目を輝かせ、思い出したように尋ねた。

「でも、そういえば、襲撃を受けた時は結さん、スラスラ話してたような気がするんだけど?」
「公用語で話してないから」
「何語で話してたの?」
「……三条の言葉。古い言葉」

「へえ。すごいね、三条の言葉なんてあるんだ。ねえねえ、話してみてよ。まあ、
魔王に訳されちゃって意味ないかも知れないんだけど、聞いてみたいな」
 ゆりが好奇心いっぱいに訊くと、結はかぶりを振った。
「ムリ」

「どうして?」
「他の人の前で、喋っちゃダメ。オキテ」
「掟か。そっか……でも、襲撃の時は話してたけど、大丈夫なの?」
「……あ」

 結は間の抜けた声を出した。どうやら、すっかり忘れていたようだ。
(結さんって、天然なんだな)
 ゆりは結が何だか可愛くなって、くすっと笑う。それを尻目に結は、「また、怒られる」と、ぽつりと呟いた。

「そういえばさ、結さん。あの襲撃ってなんだったの? 結さん潜入してたんだよね? あの人達ってなんなの?」
「……あれは」
 少し戸惑ったように結は視線を泳がせたが、結局ゆりを見据えた。
「あれは、ニジョウ。二条一族」
「二条一族?」
 結は、うんと頷き返した。

「三条の、分派」
「え!?」
「分派、言っても、もうずっと、ずっと昔に分かれて以来、会ってもいない。でも、三条と二条は思想が違う。ワタシ達は、魔王にとって、危険じゃない」
「……そっか」
「だから、安心してイイ」

 腑に落ちないところはあるものの、結が嘘をついているようには見えなかったので、ゆりはとりあえずは信じてみることにした。

「……わかった。ありがとう、結さん」
「結、呼んで。さん付け慣れない」
「うん。じゃあ、私も魔王じゃなくて名前で呼んで欲しいな」
「……名前、知らない」
「え!? 言ってなかったっけ?」
「……さあ?」
 結があまりにもとぼけたように首を傾げるので、ゆりは思わず声を上げて笑ってしまった。