* * *

「う……」
 瞼の裏に薄ぼんやりと明かりが燈り、ゆっくりと瞼を開いた。

 目の前には、崖があった。どうやら緩やかな崖を転がり落ちてきたらしい。
 瞬きをすると、左目の端にちらちらとした明かりが映った気がした。

 ゆりは、横向きになっていた体を起こした。ところどころに傷がつき、ズキッと鋭い痛みが走ったが、構わずに振り向くと、視線の先に赤々と燃える火があった。
「うそ……」
 十数メートル離れてはいたが、確かに焚き火の明かりだった。
「助かる……」

 ぽつりと呟いて、ゆりは嬉しさのあまり飛び起きた。その瞬間、右足首に鋭い激痛が走り、膝をついて足首を押さえた。
 捻挫だろうか。それとも、骨折でもしてしまったのだろうか。ふと頭を過ぎった不安はすぐに吹き飛んだ。そんな事は、今はどうでも良い事だった。

 ゆりは痛む足を引き摺って、炎を目指して歩いた。
 逸る気持ちを抑え、一歩一歩と足を前に出す。

 炎まで、あと三メートルかという距離で、ゆりは安心感からほっと息をついた。次の瞬間、上空で木の葉の擦れ合う音と共に、大きな影が降ってきた。

「きゃあ!」
 ゆりは驚いて痛む足から崩れ落ち、地面に伏した。
 痛い、そうは思ったものの、恐怖から頭を抱えたまま動けない。

「……魔王?」
「……え?」

 不意に、鈴の音のような少女の声がして、ゆりは薄っすらと目を開けた。
 見下ろすようにして立っていたのは、齢十六かそこらの少女だ。
 薄いマントをはおり、ふわりとした短い髪の毛をしている。

「……結さん? 結さん!」
 ゆりは嬉しさから思わず立ち上がって、少女――こと、結に抱きついた。
「わわ……」

 結は、驚いた表情をしたが、声音はどこか硬い。
 だが、ゆりは構わずに結を強く抱きしめ、泣き出した。

「うわ~ん! 怖かったよー! 良かった。本当に良かったぁ!」
「……」

 泣きじゃくるゆりを前に、結はバツが悪い表情を浮かべたが、ゆりが泣き止むまで抱きしめられた腕を離すことなく直立不動で立っていた。