「なんだ? 下がっていろ!」
「間空さんから頼まれた事があります」
「何? オヤジ殿からだと……。言ってみろ!」
「あ、はい」
 高圧的な態度に押されながらも、ゆりは彼女に耳打ちした。

「何? それは本当か?」
「はい」
「よし。あたしは知衣(ともい)だ」
「私は――」
「知っている。頭首の恋人だろう。――ナガ!」
 自己紹介しようとしたゆりを遮って、知衣は隣で結界を張っていた中年の男に声をかけた。

「なんだ?」
 気だるそうな声音が返ってきて、知衣は檄を飛ばすように声を張る。
「今から自動結界(オートヴァント)に切り替える! 行くぞ!」
「おお」

 勇士みなぎる知衣とは正反対に、ナガはやる気のなさを浮き彫りにしたように答え、二人は同時に素早く印を結び、地に両手を着けた。
『自動結界(オートヴァント)!』

 二人が声高に叫んだ瞬間、結界はピンと指で弾いたように波紋が広がり、全体に伝わると同時に透明だったものがガラスのようになった。向こう側の兵士達の姿も目視出来るし、自分達の姿もぼんやりと映る。

「よし! これで良い」
「今のは?」
「破られるまで自動で結界を張ってくれる。自動修正がないから、完全に足止め用だな。だが、そんなに長くは持たない。――行くぞ!」
「はい」

 威風堂々と促されて、ゆりは頼もしさから胸の前で手を組んで大きく頷く。知衣について行こうとした。その時だった。

「キャア!」

 高波のように地面が揺れ、足をとられてゆりは尻餅をついた。知衣や他の者達も地面に伏すように低くしゃがみ込んだ。
「まずい!」

 知衣が勇ましく叫んだ時にはすでに遅く、地点をずらされた結界は、破裂音を響かせて消失してしまった。

「まさか、土使(ソイル・エスペルト)いが居たとはね。こりゃ、自動結界は無理だな」
 ナガはぼそっと呟いて、自嘲気味に笑んだ。頬に僅かに汗が伝う。

 結界師にとって、地面を操れる力を持つ者は天敵であった。結界は地点を決め、点と線を結ぶように張って行く。その大原則である地点をずらされるのだから、当然結界は術式を失い崩れてしまう。

 人が結界を張ってコントロールしているのなら、その結界師の技量によるが、壊されずに保つ事も可能だが、コントロールする者がいない自動結界では先程のようにすぐに突破されてしまう。

 知衣やナガは、呪符を取り出して臨戦態勢をとった。
 功歩軍の兵士達は一斉に雄叫びを上げながら突進してくる。
 知衣は呪符を横一線に薙いだ。

「穿――」
 術を発動させようとした瞬間、空気を震わすような、耳鳴りに似た低い音が響き、突然一部の天井が消失した。
 皆が驚愕し、天を仰ぐと同時に、粉にまみれて白くなった間空が振ってくる。

「おぉい! 危ないから避けなさい」

 声高に叫んだ間空の声音は、どこか暢気だ。
 呆然としていたゆりは、知衣に乱暴に腕を引かれて階段まで下がった。