「毛利さん。もう大丈夫ですから!」
「油断は禁物だ」
「禁物って言ったって、もう三日経つし、毛利さんの方が重症じゃないですか」

 毛利は、布団の上で仰向けに寝転んでいた体制を起こした。
「そうですよ。毛利さん、いくら愛しい彼女が帰ってきたからって、束縛のし過ぎはどうかと思うなぁ、僕は」

 ぬっと、パイナップルに似た赤い色の果物が障子ごしに現れ、それと同時に柳がひょこっと顔を出した。

「柳……」
「あれ、お邪魔でした?」
「そんなこと……!」

 毛利は若干迷惑そうな顔をし、毛利の隣で添い寝していた少女は頬を真っ赤にして起き上がった。

「お見舞いの品です。お好きでしょう?」
 柳は軽く言って、部屋に足を踏み入れると、少女はあからさまに驚いて目を丸くした。

「え!? 毛利さんって、好きな食べ物なんてあったんですか?」
「おい。俺をなんだと思ってる。それくらいあるに決まってるだろうが」

 毛利が呆れたように言うと、少女は口を窄めていじける素振りを見せた。

「だって、食べ物に興味ないんだと思ってました」
「まあ、確かに興味はないな。だが、好き嫌いがないわけではない」
「そうなんだ。じゃあ、覚えておこう」
「ああ、そうしてくれ」

 柔らかい雰囲気が見詰め合う二人を包む、色にして例えるなら淡いピンク色といったところか。
 柳は、若干片方の眉を釣り上げながら、わざと大きく咳払いをして見せた。

「ゴホン!」
「わっ!」

 二人は我に帰って、少女は小さく悲鳴を上げて立ち上がろうとしたが、毛利がその手を掴んで引き寄せた。
 その勢いが少し強かったのか、少女は布団に逆戻りし、仰向けに倒れた。

「もう、毛利さん! いいかげん、添い寝も三日もぶっ通しじゃさすがに地獄なんですけど!」
「――地獄だと……」

 毛利は若干眉を跳ね上げ、薄っすらと傷ついたような、不愉快なような表情を浮かべた。擬音にすれば『ガ―ン』が当てはまるだろう。

「寝る事が三食よりも大事な貴様が、地獄だとはな……ああ、そうか。添い寝だけでは生き地獄という意味か? 俺も大分回復してきたからな。なんだったら今夜あたりにでも――」
「セクハラ禁止!」

 歯軋りが聞こえてきそうな毛利に、少女は枕を投げつけた。

「ブフッ!」

 無様な呼吸音が毛利から漏れ、毛利は枕がヒットした顔を擦った。
柳はそれを見て、必死でにやける頬を押さえつけ、少女は若干心配そうな表情を浮かべたが、頬の紅潮は止まる気配を見せず、両手で頬を押さえつけた。

「あ~あ。見せつけてくれちゃって、ホンットムカつく!」

 舌打ち交じりに毒づく声に振り返ると、障子に寄りかかるようにして黒田が立っていた。

「クロちゃん!」
「や。もう回復したの?」
「うん。目が覚めてすぐは足が硬直したりとかしてて大変だったけど、もうすっかり大丈夫だよ」
「なのに毛利さんが離してくれないってことね」

 からかうように、にっと笑った黒田に、少女は頬を紅潮させた。

「心配性なんだよ」
「独り占めしたいだけでしょ」

 黒田は意地悪く言って、にやついた瞳を毛利に向けた。
 毛利は不愉快そうに眉間にシワを寄せ、黒田を見返したが、黒田はなんともないように視線を外した。

「ま、とりあえずは、ありがたく思っておけば?」
「う、うん……」

 恥ずかしそうに頷いた少女の前まで歩いてくると、黒田は少女の手を取った。

「毛利さんがうざくなったら、いつでもぼくのところにおいでよ。ぼくはいつでもキミを待ってるからさ。なんなら今から来る? もうすでにうざいでしょあの人」
「おい、黒田!」

 イラついた声が飛んできて、黒田はその瞬間腹をかかえて笑い出した。
 からかわれていたことに気づいて、毛利は軽く舌打ちをした。

「相変わらずだなぁ、黒田。共闘した仲だろーが。ちょっとは優しくしてやれよ」

 呆れた声が飛んできて黒田が振向くと、障子に手をかけている花野井がいた。

「おっさん。何のよう――」
「アニキ!」

 黒田の言葉を遮って、少女は花野井の元に駆け出した。

「もう帰っちゃったのかと思ってましたよ。私が目を覚ましたとき以来、全然会いに来てくれないから」
「おう。ちょっとな」

 少女は嬉しそうに花野井を見上げ、花野井は少女の頭を軽く撫でた。
 毛利は少女の様子を嫉妬深げに見て、眉を顰めた。