「ねえ」

 放課後、教室に呼び出された私はこう声を掛けられた。
 彼女の名は結菜《ゆいな》。ロングヘアに白い肌、女子にしては低くよく通る声と、整った凛々しい顔つきには毎度近寄りがたさを覚えるものだと思いながらも私は顔を上げる。

「───なに?」

 私は結菜のことが特別に苦手とか嫌いとかいう訳ではない。だけどその鋭い眼光を目の当たりにしてしまうと、どうも恐怖心のような何かを感じてしまうのだ。
 結菜が私に声をかけることは珍しくはないことだけど、その恐怖心を抱きながら何を言われるかと思っていたら返ってきたのはこんな言葉だった。

「静乃《しずの》は今、好きな人っているのか?」

 急な質問。なんの脈絡もなかった故に、そしてその台詞が結菜の口から出た事が意外で私は答えるまでに少し時間がかかってしまった。ちなみに静乃というのは私の名のこと。

「いるのか?」
「……えっと、今はいる……かな」

 好きな人はいる。というか彼氏だ。
 だけど私が彼氏持ちってことを結菜に伝えてしまうのには抵抗感があった。
 だから『いる』という事実だけを伝える。

「そうなのか……」

 結菜は細く息を吐きながらいう。肩を落としている様に見えたのは気のせいかな。

「でも、どうして?」
「…………」

 結菜は答えない。もしかして結菜が私を呼び出したのって、この質問をするため?
 そんな考えが浮かぶ。

 でも、ほんの数秒の間静かな時間が続いたかと思うと、また結菜は急に、

「ねえ、友達にこんな事言っていいのか分からないんだけど」

 今度ははっきりと言う。というか私を友達として見てくれていたというのがちょっと意外だったんだけど、それはまあ置いておくとして。

「私……静乃のことが好きなの」

 さっきまでのはっきりした声がだんだんと小声になり、それに視線をそらして。
 結菜は恥じらって私に告白をした。
 私の聞き間違えじゃなかったら、だけど。

「……え?」
「ああ、いやっ、その……」

 聞き返す私に結菜はワタワタと慌てた様子を見せる。珍しい。
 ……と言っても、私も結菜のことを好きか嫌いかでいったら好きだ。

 だけど今まで友達と思ってた、それも女の子から告白なんて何かの間違いだとは思うんだけど一応確認しておくことにしよう。

「それはラブの方?」
「えっ、それはその……激ラブだ」

 激と来た。
 これは紛れもないラブと見ていいな。間違いはない。
 ……どうしようか。予想外すぎる。

 生まれてこのかた、自分が女の子に告白されるのなんて考えた事もされた事もなかった。
 だからこう言った場合、どうすればいいのだろうか……困った。

「でも……どうして私?」

 まず理由を問いただそう。そう、どうして結菜が私なんかを好きになってしまったのか。

 私は人見知りが激しくて、そのせいでクラスでも友達が少ない方だし、口数も少ない。
 そんな私でも高校に入って二年目にして幼馴染の彼氏が出来た、と思ったらこれだ。まず私に彼氏が出来る事も意外だったのに、同性からの告白なんて想定外にも程があるだろう。

 それに結菜とはあまり話した事もないと思う……そのつもりなのだが。

「一目惚れ……って言ったらおかしいか?」
「そ、そんな……」

 淡々と語る結菜の台詞に私への愛が込められていると思うと、私はつい恥ずかしくなってうつむいてしまう。

 残念ながらこの場合、一目惚れだったら仕方ないことだ、と説明がついてしまう。
 それが何とも腑に落ちない。
 しかし、戸惑う私に結菜は追い討ちをかけるように、

「だから静乃、私と付き合ってほしいんだ!」

 そう言われてしまった。
 大きな声で、はっきりと。

「で、でも……私彼氏いるから」
「……ダメなのか?」

 ごめん、と言う私。
 残念ながら同性で恋人同士になるなんて、私には考えられない。
 結菜のことは嫌いじゃないし、かといって付き合う事もできない。
 このまま、友達同士でいて。

「だから結菜とは付き合えない。……ごめんなさい」

 言いたいことは言ったつもりだ。
 一方的にそれだけ聞かせてもう帰ってしまおうと、踵を返そうとした。

 ちょっと薄情だったかな、とも思う。でもここでちゃんと割り切ってしまわないと、私の心まで揺さぶられしまいそうで、それが怖くて。逃げるように帰ろうとした。

 だけど結菜はそんな私の手を取って、

「そんなっ、私は君の彼氏よりも君を愛してるんだ!」

 駆け出そうとしたからか、その時の私の鼓動はいつもより速くなっていた。
 私は結菜に顔を背けたままで、

「でも、私には好きな人がいるの」
「そんな……君はその男の何が好きなんだ!」

 首を横に振る私に、結菜は必死になって、

「君の彼氏を超えられるように頑張りたい、私も君の理想になりたいんだ!」
「そんな……」

 一途な結菜の気持ちは分からないでもない。だが私は彼女と違って異性愛者だ。
 私は女の子は好きになれない。

「どんなに結菜が私の事を好きでも、私はあなたを好きになれないの」
「っ……」
「もし付き合ったとしても、あなたの理想にはなれない」
「…………」
「だからあなたには、友達で」

 そう言おうと、結菜に振り向きかけた瞬間、
 私の唇に結菜の唇が触れた。
 優しく触れ合うだけのキス。もちろん結菜の一方的なもので、私の意思は気にしてない。

「ん、んんっ!」

 うめき声をあげる私の事なんか気にもしない様子で、結菜は容赦ない。
 慌てて結菜の身体を押しのけようとするけど、彼女の手が私の頭に回されていて簡単には離れられない。力の差も歴然であった。

 その力で私は後ろ向きに押し倒され、背中を机につける形で仰向けになる。足は床を離れて私の体は結菜によって優しく支えられていた。

 もう逃げられない。

「ゆい……んんんっ!」

 ただ、そこで声を上げようとしたのがまずかった。
 結菜の長い舌が、私の口が開くのを待ちわびていたかのように中に入ってきた。
 縮こまる私の舌を捕らえた結菜の柔らかいのが、触手みたいに絡みついてくる。
 それに合わせてぴちゃぴちゃと音がなると、結菜も反応してくぐもった声を出した。

 唇が吸われたり舌が舐められたりする。
 私の意識はぼーっと実体のないものへと変化していったような気がした。
 キスなんて、彼ともまだした事がなかったのに。
 唇の処女を奪われた私はそっと瞳を閉じ、結菜の貪るような接吻に身を任せた。
 でないとこのままどこかへ行ってしまうような気がしたからだ。

 慣れない感覚に私の体は痙攣し、宙ぶらりんになってる足はビクビクと小刻みに震える。
 口内を犯されるうち、それがもどかしいとさえ思えてきた。
 しかしそこで結菜の気が済んだのか、唇がゆっくりと離されてしまう。

 ……名残惜しい気がしたのはなぜだろうか。

「はぁっ、ふぅ、ふぅ」

 息が切れる。鼓動が速い。
 それにいろんな感情が交錯しているのがわかる。
 こんな感覚は生まれて初めてだった。

 私は肩で息をしながら、立って私を見下ろしている結菜の目を見る。
 ほんのりとした笑顔が浮かんでいる気がした。

「気持ちよかった?」
「ふぅ、ふぅ……」

 私は放心して、何もできずにいた。

 だが正直な話、結菜とのキスは……気持ちが良かった気がする。
 舌先が痺れて頭の中が真っ白になるくらいに。
 まだ口の中で結菜が蠢いている感覚が残っている感じがした。

「静乃……大好きだ」
「…………」

 息が整ってきても、声を出す気にも身体を動かす気にもなれなかった。
 口を開けたまま呼吸する私の顔を見る結菜は、妙に艶めかしく見えた。

「ゆ、結菜ぁ……」

 告白されて、まだいいとも言ってないのに、キスまでされちゃった。
 その現実に私の胸はさらに高鳴る。
 やっと戻ってきた声で、情けなく結菜の名を呼んだ。

「……可愛いぞ、静乃」

 そう言う結菜は柔らかい手で肩に触れ、ゆっくりと私の体を起こした。

「うぅ……」
「ふふ、静乃の初キス貰ったぞ」
「え───どうして初キスだって分かったの」
「静乃の味しかなかったからさ」

 えっ、と目を見開く私の表情を見て面白がる結菜。
 あははと楽しそうに笑っている。

「冗談だよ。本当は初キスとも思わなかったからな」
「もう……」

 笑い事じゃない。私の口の中の味なんて。
 でも私も結菜の味を感じていない、と言えば……それは嘘だ。
 ほのかに甘くて、ちょっと好きな味、だったかも。

 ……はあ。こんな事だったら、食後にもっとしっかり歯を磨いておくんだった。

「どうだ、私の好きは伝わったか」
「は……はい」

 なぜかかしこまって敬語になってしまう。
 でも結菜の好きは本物であると実感させられた。
 舌と身体がそれを覚えてる。

「じゃあ静乃、君は私をどう思ってくれたんだ?」
「え、あ……」

 私にも確かに思うことはある。
 これだけこの女の子の好きが私に教え込まれれば───。
 だけど、

「…………!!」

 その瞬間に結菜は真面目な顔になって、とっさに私の腕を掴んで走り出した。

「わわっ……!?」
 声を上げる私に振り向いて「シーッ!」と指を立てる結菜。

 いち早く教室の隅まで走った結菜は迷わず黒板の脇に置かれていた掃除用具入れ中へ身を縮めて入った。それで私も手を引っ張られて、抱き寄せられるように中へ。

 そして結菜の伸びた手が、スチール製の扉を閉めた。
 本当に一瞬の出来事だった。

 ……なに、一体どういう事?

「シーッ、静かに」

 再び結菜がさっきまで私の口が触れていた唇に人差し指を当てる。
 その結菜の吐いた息が私の顔にかかるくらい、私たちは接近していた。

 私は扉に背を向ける形で入ってしまったから、教室の様子は見れない。
 それでも音は耳に届く。現に結菜の「ふーっ、ふーっ」という猫みたいな息も聞こえる。

 しかしそれを考える間もなく、教室がコンコン、とノックされた。

「おーい、誰かいるのかー。下校時間はとっくに過ぎて……」

 先生の声だ。見えないけど声でわかる。
 結菜は見回りに来た先生を避けるために私を連れ込んだ、というわけだ。

「……はーっ、はーっ」

 息を殺しているつもりだが、息はだんだんと深くなる。
 結菜も私も息が荒くなってきてしまう。

 だが私は、それで足のバランスを崩して後ろ向きに倒れそうになる。
 すると扉に内側からもたれるような体勢になって───、

「あぶなっ……」

 小声で結菜の声が聞こえたと思うと、私は彼女に背中を抱かれていた。
「ふわ……」
 そしてぐっと、結菜の胸に抱きつく形になり。
 彼女の柔らかく豊かな双丘が、ちょうど私の顔に当たった。

 ぼふんっ、と一気に顔から湯気が吹き出た。
 同性のものとはいえ、大きな胸に顔が密着しているのは扇情的すぎるだろ……!
 それに結構ある。E? F?……いやいや、今はそんなことはいい。
 息が上がっていて、結菜の胸越しの空気が鼻から肺へと送られる───。

「い、いい匂い……」
「なっ!?」

 気がつけば声に出してしまっていた。ああもう、どうにでもなれ!
 人の服の匂いを嗅ぐ事なんて、ただ気持ちの悪いことだと思ってたのに!
 な……なんでこんなに気持ちいいんだ!?

 結菜の服の匂い。胸の匂い。体の匂い。汗の匂い。髪の匂い。
 甘くて優しくて、じわーっ……と全身が癒されるような感覚に落ちていく。

「すーっ、はーっ……えへへ……」
「ちょ、ちょっと静乃……!」

 ……はっ、と結菜の声が聞こえて我にかえる。
 見上げると、結菜が私の頭を抑えて胸がら引き剥がそうとしていた。
 そして暗くてもわかる程に顔は真っ赤に染まっている。

 それを見た私は途端に恥ずかしくなって、体が一気に暑くなった。
 血液が沸騰してるみたいな感覚になる。
 まずいまずい……今の私、完全に理性を忘れてしまっていた。

「静乃……ほら、先生もう行ったぞ」
「う、うん……」

 扉を開けて外に出ようとする。
 でも今度は結菜と脚がぶつかって二人で一緒に倒れこんだ。

「わわっ!」

 どさ、という音とともに結菜が私の上にのしかかってくる形になる。

「ご、ごめん静乃……」
「いい」

 慌てて起き上がろうとする結菜を、私は両腕と両脚で押さえつけた。だいしゅきホールドだ。

「……このままでいよ?」
「そ、そうか……」

 ぎゅっ、と拘束に力を込める。するとぐぐっ、と結菜の身体が私の身体に密着してくる。私の小さな胸は結菜のそれで押しつぶされてしまった。

 でも、そこから暖かい結菜の体温が伝わる。
 二人で密室にいたからか、ちょっと熱いくらいだ。

 どちらかが少しでも身体を動かせば、そのたびに太ももが触れ合う。
 
「あっ……」
「ああ……」

 二人して、別の意味で息が荒くなっていた。
 そんな中で、

「……そうだ。まだ返事を聞いていなかったな。静乃」

 結菜はまたキリリとした顔になる。
 かっこよくて可愛い女の子なんてずるい。そう思うと、

「君は私を好きでいてくれるか」
「あ……」

 顔を接近させて聞いてくる。あんな体験させられて、今更戻れない。

「……あう」
「え?」
「つ、付き合う……」
「ええ? 聞こえないなー、もう一回言ってくれ」
「もうっ! 意地悪」
「意地悪で結構だ。さあ」

 結菜のいたずらっぽい笑みが私を陶酔させる。もういい。
 好きが溢れて止まらない。

「ゆ、結菜と付き合いたいっ! 彼とも別れるからあっ!」

 目頭を熱くしてやけくそ気味に言う私に、結菜はやっと満足したように、

「よーし、そうと決まったらお返しだ! 静乃、さっき私の胸に触ったな!」
「ふえっ!? あ、あれは不可抗力で……」
「違う! 抱きついて匂い嗅いでたくせに!」
「それはっ……ふああ!」

 体格のいい結菜に抵抗する事もできず、私はあっという間にスカートとシャツを脱がされ、下着に剥かれてしまった。

 獣のようになってしまった結菜は舌なめずりをして、

「私も静乃の匂い、いっぱい嗅いでやるんだからな……」
「う、うぅ……」

 されてしまう。この人の好きにされてしまう。
 そう思うと期待が不安を大きく上回った。

「くすっ……静乃のここ、凄い匂いがするぞ」
「やだ……そんなとこ……汚い……」

 下腹部に身体をよじらせた結菜は私の下着に鼻をつけて、そう言う。
 恥ずかしさと嬉しさの折混じったような不思議な感覚に苛まれた。

「ひあっ……きゅん……」

 下着から漏れ出たとろみのある私の蜜が、ぺろぺろと舐められていく……。
 その事実を思うと私の鼓動が、胸を打った。


 と、突然私の下着の中に結菜の柔らかく細い指が入って、もぞもぞと動き出した。

「ひゃあぁん!」
「ふふ、静乃ってそんな声出るのかー」

 そう言うと私に息を吹きかける。いい匂いの息。

「あんまり大きな声出しちゃうと、また先生が来るかもだぞっ」
「ああ……」
「ほら、口を開けな」

 そう言われてゆっくりと口を開けると、今度は舌だけが先に侵入してきた。

 やば、気持ちいい。
 さっき無理やりされたキスの、何倍もの快楽が私の身を襲う。
 ある意味、これが本当の恋なのかも知れない。
 そしたら、彼氏との恋は嘘だ。あんなのはただの詭弁だ。

 痙攣する私の体をそっと抱きとめてくれる結菜の優しさを感じながら、
 ───この人といれば、彼氏といるよりも幸せで気持ちよくなれそう。

 気がつけば私の舌は、そっと結菜の舌へと絡みついていた。