「ユリウスさん……」

 声の主は店のマスターである。初老のユリウスはエノテラ通りに似合わず、物腰柔らかさと気品を供えている。

「私の知人がすまない。しかし彼も悪気は無かったんだ。貴女さえよろしければ許してやってほしいんだ」

 ユリウスはココアを二人分淹れてカウンターに置く。

「さあ二人とも、これを飲んで落ち着きなさいな。ヴィオルドはまだ謝ってなかったね」
「俺はヴィオルド・テネブラーエ。勘違いして悪かったよ」

 ヴィオルドはぶっきらぼうに自己紹介と謝罪を済ませた。

「私はミーナ・フレデリー。紳士的なマスターに免じて許してあげる」

 ミーナはもちろんファミリーネームを言いたくなかった。魔法に携わる者や学者、上流階級の人間ならその姓を魔法の家系として知っている人が多いからだ。

 魔法を使えと無茶振りされたくなかったし、思うように使えなくて騙っていると思われることは予測できた。また仮に信じてもらえたとしても、落ちこぼれなのが丸わかり。

 彼女は取り合えず気持ちを落ち着かせようと、カップの取っ手に手を掛ける。

 二人がココアを飲んで一息ついたのを見計らって、ユリウスが切り出した。

「私もミーナがなぜあんな態度を取ったのか気になるのだけれど、もし差し支えなかったら教えてもらえるかな……?」
「確かに、怪しいことには変わりない」

 ヴィオルドも相変わらず疑いの視線を向ける。ミーナはここで意地を張り続けても得策ではないと判断し、渋々語りだした。