はっ、と目を開けた。

どうやらあの後、眠ってしまったようだ。時計を見ると短針は8を指している。明るいので、どうやら朝まで眠っていたらしい。

最近ろくに寝れなかったからだろう、頭が幾らかスッキリとしていた。



「……いない、の?」



彼はいなかった。

代わりに、拘束が解かれていて、テーブルにはパンとサラダが置いてあった。スープはまだ湯気を立てている。

書置きがあった。ロステアゼルムの言葉は強制的に覚えさせられたので、なんとか読めた。



『朝食だ、食え。ここから逃げることは許さない』



……彼は、また人を殺しに行ったのだろうか。

だけど今は、そんなことはどうでもよかった。

最近ご飯さえ食べられなかったのだ。無我夢中で食べた。

美味しかった。

敵に捕らわれているのにほっとしてしまう程、美味しかった。

……食料があるということは、今日はまだ生きていられる。

私は大人しくしていた。



                     ♦



その日の夜。

ベッドで寝ていると、ドアが開く音がした。

……帰ってきたんだ。

少し、死んだんじゃないかと期待していたのに。



「……起きているのか」



目が合ってしまったので、仕方なく頷いた。



「そうか……飯を食って早く寝ろ。体力がないのでは楽しめない」



どうやら今日は襲われないようだ。



「あ、あの……」



私は恐る恐る話し掛けた。



「何だ」



「ご飯、と言われても、なにも……ないんですけど」



「阿保か」



彼は盛大に溜息を漏らした。



「食材があるだろう。自分で作れ」



……え、自炊なの?



「分かりました」



仕方がない、今日はもう眠いし明日にしよう。

複雑な気持ちで眠りについた。



                      ♦



翌朝、また彼はいなかった。

どうやら大分早朝から出掛けるらしい。



「……今日も、朝ご飯がある」



しかも昨日とは違うメニューだ。

ご丁寧にウインナーとスクランブルエッグが添えられてい……

待って。

ちょっと待って。

もしかしたら、もしかして、このご飯って。



「……『ヴィゼル様』の、手作り……?」



あの軍人、料理するの……?!

しかも、『ヴィゼル様』なんて言われるくらいだから、結構偉い人なんじゃ……。

私は絶句した。



……流石に様づけで呼ばれている人に料理作ってもらうのは申し訳ない、というか多分そのうち殺される。

同時に、私は覚悟を決めた。

──この変な境遇の中で生き残ってやろうじゃないの。



昼食を作るにあたって、私は部屋の冷蔵庫を開けた。

隣のカゴには野菜が入っていたし、冷蔵庫の中にも調味料や肉がたっぷりとあった。

……大国って、こんななんだ……。

ついでに部屋を探索する。

昨日は何もせず寝てしまったので、トイレくらいしか分からないのだ。

思ったより広い部屋は、簡単なキッチンと洗面台、トイレにお風呂までついていた。

そしてクローゼットの前に立ったところで、私は驚いた。

クローゼットに等身大の鏡があり、それに映った自分の服が、とても上質なものになっていたのだ。



「うっそ……」



サービス良すぎ、である。

どうしよう、恐怖心が無くなってしまった。悲しみは強く残るけれど。

取り敢えず、私は簡単な昼食を作り、それを食べた。

……大国って、こんななんだ……。

またそう思う。



こんなに贅沢が出来るのは、きっとそこの国王のおかげだろう。

──彼は、国を守るために戦っているんだ。

不意にそう思って、混乱する。

いままで、学校やお父さんからは、『悪いのはロステアゼルムだ』と教わってきた。

私も、信じて疑わなかった。だって、親が殺されたんだもの。

今でも、憎しみは変わらない。

……けれど。



……戦争に、正解なんてないんだ。

みんな自分の愛するものを守ろうとしていて。

そうしなきゃ、殺されてしまうから。

それに気が付いてしまった。



……私は、何を信じればいいの?