立ち去らなければならない。

 最初に大人たちが、工事担当者たちに頭を下げて、校舎のほうを見ずに、足早に去っていく。明日実の伯父さんだけが、突然振り向いて、屋上に向けて手を振った。まるでそこに誰かがいるみたいに。
 誰もいない。いるはずがない。屋上には、国旗掲揚のためのポールが、夏の日差しの中で鈍く輝いている。

 祝日を思い出した。屋上のあのポールに国旗を揚げるのは、教頭先生である父の仕事だった。あたしも何度もついて行った。正月一日も、初詣の前に真節小に寄って、冬の季節風が吹き付ける屋上で、父が旗を揚げるのを見ていた。

 大学生や若い大人たちが、無理のあるはしゃぎ声を上げて、自撮りするぞと騒ぎ出した。言い出しっぺの、日に焼けた男の人が、スマホを持った手を低く伸ばして、その背後に押し合いへし合い、全員を立たせて、校舎をバックにシャッターを切る。

 わーっと、にぎやかなあの人たちは、あたしたちよりも人数が多かったころの卒業生だ。たった四人のあたしたちは、あんなににぎやかに苦労しなくても、簡単にスマホのカメラに収まってしまう。
 まるでただの下校時刻みたいに、自撮りを終えた泣き顔の大人たちは、無理やり笑って校舎を見上げる。バイバーイ、って、わざと軽い声で言って、足並みをそろえて帰っていく。

 あたしたちも、もう、行かないと。
 のろのろと、あたしはギターをケースにしまった。和弘がしきりに鼻をすすりながら、カメラを良一に返した。良一はカメラを受け取って、手の甲で涙を拭った。

 明日実は笑った。
「じゃ、行こっか」
 声を出した瞬間、つっかえが取れたみたいに、明日実は、わーっと泣き出した。子どもみたいに大泣きしながら、明日実は歩き出す。和弘が明日実の肩を抱いた。良一の目からも、ぽろぽろと、涙が止まらない。