予想はしていたんだけど、どの店でも、里穂さんの知り合いに声を掛けられた。相手から見た里穂さんの立場はいろいろだ。大近島の高校の卒業生としてだったり、夏井先生の奥さんとしてだったり、婦人会のメンバーとしてだったり。

 大近島の面積はそこそこ大きいけれど、コミュニティは小さくて狭い。特に教師なんて職業だと、人との付き合いの範囲が広いから、家族に教師がいたら、どこへ行っても、誰からか声を掛けられる。
 里穂さんに話しかける人たちは、必ずあたしと良一にも挨拶してきて、この子たちは誰なのかと里穂さんに尋ねる。

 あたしと良一は、ひとまとめに「小近島の真節小の最後の卒業生」と言われることもあれば、あたしに「松本先生夫妻の娘さん」が付け加えられることもあった。
 あたしの両親は、島での教師歴が二十年くらいになるから、教え子とその保護者とか、元同僚とか、付き合いのあった人たちの数がとにかく多い。年賀状なんかを通じて、あたしの名前と顔も妙に知れ渡っている。

「あらぁ、もう高校生になったとね! おねえさんになって。おかあさんに、よう似ちょらすね。なつかしか!」

 一方的になつかしがられても、困る。あたしの顔立ちの雰囲気や声の感じは、母に似ているらしい。でも、キャラは全然違う。頑固で寡黙な父のほうが、まだタイプが近い。
 里穂さんのまわりに咲くおしゃべりを、聞くともなしに聞いているうちに、良一が今朝到着の夜行フェリーで大近島に渡ってきたことを知った。

「ぼくは昨日、東京から博多まで新幹線で移動してきて、博多の港から夜行フェリーに乗りました。外海って、波が高いんですね。夏場だし、天気もいいのに、外海に出たとたん、揺れ始めたんですよ。だから、船酔いしないように、すぐ横になりました」

 誰がどこからどう見てもカッコいい良一は、受け答えも礼儀正しくて都会的だ。里穂さんに声を掛ける女の人たちは、みんな良一を誉めちぎる。

 良一は、変な謙遜はしなかった。「そんなことないです」なんて否定するんじゃなくて、照れ笑いのような表情で「ありがとうございます」と言った。
 あまりにもよくできた笑顔だった。その「ありがとうございます」は、本当に、心からの言葉なの? そう疑いたくなるくらいに、良一の存在はきれいだ。きれいすぎる。