冬の王子様の想い人

母は楽しそうにクスクス声を漏らす。

「でもね、ひとりの男の子が七海を慰めてくれたの。同い年くらいだったかしら? すごく整った顔立ちの子で、泣いているあなたに根気強く話しかけてくれて、王子様みたいだったのよ」


王子様、という単語にふと雪華の姿が浮かび、慌てて打ち消す。


「……そんな男の子がいたんだ。残念だけど全然覚えてないなあ。同じ幼稚園の子?」
「さあ、どうかしら? 七海の幼稚園は四クラスもあったし、バス通園だったからお母さん、あまり皆の顔を知らないのよ。それ以来その男の子を見た記憶がないから……そうそう確か帰り道にゆきちゃんって七海が呼んでたわ」
「ゆきちゃんって女の子じゃないの?」
「あら、覚えてるの?」


私の動揺とは対照的にのんびりとした返事が返ってくる。

「ゆきちゃんって女の子と小さい頃、公園で一度だけ遊んだのは覚えてるの!」

勢い込んで言うとあっさり否定された。


「いやあね、ゆきちゃんは男の子よ。あの時、ゆきちゃん自身がそう言ってたわよ」


……嘘でしょ、私ったら十年近く勘違いをしてたの? 
情けなさすぎる……。


「七海は本当に肝心なところでよく思い違いをしてるわねえ。その様子じゃ名前も間違えてるかもね」
「お母さん、ゆきちゃんの氏名を聞かなかったの?」

自信がなくなり、念のため確認する。


「言われてみれば聞かなかったわね。でもあなたたち、初対面とは思えないくらいすぐ仲良くなってずっと手を繋いで遊んでたのよ。帰る間際には大きくなったら結婚する、なんて言い出してすごく可愛かったわ。懐かしいわね、ゆきちゃんは今頃イケメンになってるかもね」
「……そうだね、会えたらいいな。いつか、また」


結婚の約束までしていたのに性別を間違えて記憶している自分に落ち込みそうになるけれど、もやもやしていた気持ちがほんの少し軽くなった。